見上げてごらん夜の星を

☆1☆彡




レイジ「まっくん、これなんかどうだ?
    陶磁器の色合いと絵付けの風味が絶妙だと思わないか」

マック「……そうですね」
レイジ「気のない返事だな。まっくん、こっちのはどうだ?
    これが以前話したことがある三河内焼だ。良く見てみろよ。手描きの染付だ。
    これは三川内焼の中で最も代表的な技法の一つの青華技法と云って……」
マック「あのな、レイジ」
レイジ「うん。どうしたんだ、まっくん」

マック「そのまっくんまっくんいうの、やめてくれねぇかな。よほどツボったみたいだけど」
レイジ「嫌なのか? 坊やか小僧より断然いいだろ。おまえの名前を呼んでやってる」
マック「ソレ名前じゃねぇから。何かバカにされてるみたいで腹立つんだけど。
    つーかバカにしてるんだろうけどな?」
レイジ「多くはしてる」
マック「してんのかよ! だいたい何でそのニックネームで呼ぶ必要があるんだよ。
    呼んでくれるならちゃんとした名前かバンドネームで呼べよ」
レイジ「だって昨日の元カノがそう呼んでたじゃないか、マックン」

マック「やめろってば。あいつは元カノじゃないし、中学時代の同級生だよ」
レイジ「一緒だろ。遊んでた相手の一人なんだろ? 昔はやんちゃしてたらしいじゃないか。
    狭い田舎の不良だ。派手で可愛いコだったし、きっちり手ぇ出したんだろ、どうせ」
マック「どうせ狭い田舎は人材不足だよ。あいつ、今じゃあれでも二人の子持ちだぜ?
    まさか会うなんて思わなかったからビックリしたけどな。
    地元だから当然といえばそうだけど、今まであまり出くわしたことなかった」
レイジ「昔の同級生にばったり会うのはいいものだよな。積もる話もあっただろうに、
    おれに構わず、ゆっくりどこかで話せば良かったんだ」

マック「やだよ。明日の同窓会に来るって言ってたし、いいんだよ。
    それに二人の子持ちで結婚もしてるくせにあんたを見るなり、女の顏してたからな。
    俺なんかそっちのけだ。いいですよね、背が高くてハンサムなのはおモテになって。
    レイジは若く見えるし、得だよな。だいたいあんたも愛想が良すぎたんじゃねぇの。
    普通なら相手にしないタイプだろ? 並みの女は嫌いなんじゃねぇのかよ?」
レイジ「誰がそんな失礼なことを云ったんだ。嫌いじゃないぞ。
    全国のレディには差別なく親切にしないとな。それにおまえの顏も立てないと。
    紳士たるもの当然の振る舞いだよ、まっくん」

マック「全然それで呼ばれても嬉しくねぇんだけど。もう勘弁してくれ。
    言っとくけど絶対シックスティーズに来てそれ言うなよ? 禁句だからな。
    もう俺のこと、今後一切マックンとしか、みんな呼ばなくなるからな!
    冗談じゃねぇよ。ぞっとするね」
レイジ「マックンでマックなのか。田舎者の考えそうなことだな」
マック「うるせーよ。まっくんじゃ都会のおねーちゃんにはモテねぇ思ったんだよ!
    そんなことより、これ、いつまでかかるんだ? まだ見るのか?
    あんたが九州くんだりまで来てくれてそりゃ嬉しかったけど、こんなの聴いてない。
    なんだ、これ? 陶器市なのか? 初めてなんだけど。
    俺、皿も壺も焼き物の良し悪しなんか、これっぽちもわからねぇけど」

レイジ「退屈か? これは普通の陶器市じゃない。似たようなものだけどな。
    即売を兼ねた新鋭作家の現代工芸アートフェアだ。そうポスターに書いてある。
    フリーマーケットってとこだな。古美術展じゃないし、古いものは分からなくても、
    要はセンスでこれというものがあればいいんだ。おまえの好きなものは無かったか?」
マック「んなこと言われても、わかんねぇよ……。
    広すぎて目移りするし、そもそも陶芸や工芸品やアートなんかに興味がねぇし、
    へんてこで面白いものはあるようなないような……
    あ、これどうだよ? この花瓶みたいなの、派手でアバンギャルドって感じじゃん。
    まさに現代アートって感じ。……ん? うわッ!! 高ッ!! 何だこの値段??
    この値段でホントに売れるのか?! 何につかうんだよこんなもん。
    フツーに机にあったら邪魔だろ。……あ、スイマセン。僕、素人なもので」

レイジ「その価値があると思えば買うヤツはいるさ。もっとも作品もそうだが、
    それを制作してる人間を買うことに意義があるんだがな。このイベントは」
マック「実は闇の人身売買……」
レイジ「バカ。腕とセンスを買うんだよ。気に入った作家の作品をいくつかギャラリーに置いて、
    買い手がつけば今後も目をかけていくんだ」
マック「青田買い?」
レイジ「そのようなものだな。製作者にとってはパトロンやスポンサーが付くから、
    出資金が出て助かる。一般客もいるが、買付のディーラーが多いだろうな」

マック「あんたも誰かのパトロンになるのか?」
レイジ「いや。おれはひとりに絞ることはあまりないな。
    チョイチョイと摘まんで気に入ったものだけ購入する。
    新作ができたら連絡をくれと名刺は渡すけど、二度目が気に入らなきゃ三度目はない」
マック「厳しい評価ですね。三度目に花開くこともあるだろうに」
レイジ「それなら自分に見る目がなかったってことだが、でもぼぼないに等しいな。
    おまえだって、一回演奏を聴けば良いミュージシャンかどうかはたいてい分かるだろう?」
マック「まぁ音楽はセンスの問題だから。音の好き嫌いも個人差があるし」
レイジ「同じことだよ、陶芸だってな」
マック「そんなものですかね」


伸 二「レイジさん!! 来てくれたんですか!?」

レイジ「おう、シンちゃん。元気だったか。随分久しぶりだな」
伸 二「おかげさまで元気ですよ。良かった、招待状受け取ってくれたんですね。
    今年はもう来てくれないかと思ってました」
レイジ「悪いな。急に決めたから連絡する時間がなくてな」
伸 二「レイジさん、少し痩せたんじゃないですか? ちゃんと食べてます?」

レイジ「大丈夫だよ。おまえに心配されるとはな。シンちゃんこそ食えてんのかよ?」
伸 二「はは。すいません。確かに逆ですよね。おかげ様でなんとか。
    前回、レイジさんのギャラリーで作品をお求め下さったお客様がいらして、
    援助して貰ってるんです。レイジさんにはそのお礼もいいたくて……」
レイジ「パトロンがついたのか。良かったな。シンちゃんの実力だから、おれは関係ないさ。
    良いと思ったものをおれのギャラリーに置いただけ」
マック「あんた陶芸品のギャラリーも持ってるのか?」
レイジ「持ってるけど? 陶芸に限らず雑貨店とか。どれも人に任せてるけどな」
マック「ああそう。訊くだけ野暮でしたね。お金持ちですもんね」

伸 二「こちらの方は? お連れさまですか?」
レイジ「オマケ」
マック「ちょ、もれなくついてくる要らないものみたいに言うなよ。
    もっと紹介の仕方があるだろうが」
レイジ「そうだったな。シンちゃん、紹介しよう。このオマケは、まっ……」

マック「マック!! マックだよ!! 外人じゃないけど、マックって呼んでくれ!
    マックって呼び名しかないから!! よろしくな、シンちゃん!!」
伸 二「……マックさん。ですか。初めまして、俺は宮本伸二です」
マック「あ、フルネーム? 俺、本名より通称の方が覚えられやすいんでマックでいいよ。
    シンちゃんは、地元の人じゃねぇよな?」
伸 二「はぁ、俺は地元の人間じゃないです。東京からこちらの窯元に来て
    そのまま移住したんです。マックさんは地元のひとですか?」
マック「うん。佐世保らへん。わかるか?」

伸 二「ほんの少し、微妙に。でもあんまりわかりませんね?」
マック「やっぱ聞く人が聞くとわかるか。地元の人間に会うと、ほとんど戻んだけどな」
レイジ「おれもおまえの発音は時々変だなと思ってたぞ。
    昨日はしっかり地元の彼女と宇宙弁を喋ってたしな。外人みたいだったな」
マック「言わなくていいだろソレ。あんた、ほとんどわからないって言ってたじゃん!
    一応、気にしてるんだ。宇宙弁てなんだよ。今ここじゃ、あんたの方が外人だろ」

伸 二「(笑) 珍しいですね。レイジさんが鏡さん以外の人とこちらへ見えるなんて。
    鏡さんは、お元気ですか? 相変わらずなんですか」
レイジ「ああ、元気だよ。あいつもシンちゃんに会いたがってたが他の用事があってな。
    来れなかったんだ。よろしくと言ってたよ。また暇を見て会いにくるだろう」
伸 二「そうですか……待ってますと伝えて下さい」
レイジ「ちなみにこのオマケは別におれと一緒に来たわけじゃないからな。
    おれは元々こっちへ招待されていたから来る予定をしていて、
    こいつはひとり勝手にお里帰りをしていただけのことだからな」
マック「そんな予定があるんだったら、先に言ってくれたらいいじゃねぇかよ。
    あっちに居る時、一言もそんな予定があるなんて言わなかっただろ。
    土産まで訊いた俺がバカみたいだ」

レイジ「急に行くことに決まったんだ。でも来てから連絡してやっただろ?
    こうして現地でデートにまで誘ってやった。感謝しろ」
マック「しかも当日にな。予定が偶然空いてて良かったよ。
    こんなんデート言わねェよな。あんたの仕事の付添をさせられてるだけだろ」
レイジ「どれくらいおまえのセンスが役立つか試してみたかったんだが……
    まぁ、見事に残念な結果だったな」
マック「不合格かよ。どうせわかんねーよ、アートなんか。
    シンちゃん、あんたもあーゆーよく分かんない派手なの造ってるひと?」

伸 二「え? いいえ。俺のは実用品が多いですね。ごく普通の焼き物です。
    俺のブースにご案内しますから、見て行って下さい」




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