What's Going On


SAWA




最近、オレが狙っているターゲットは、いつもとは少々勝手が違う。

初めてのタイプだから、今までの方法では上手く行かず苦戦中だ。
何が違うっていえば説明しにくいけど、
オレが今まで口説いてきた相手のタイプとは、全く異なる雰囲気。

外見の顏と体格は、結構好みだと思う。
身長は少し理想にはもの足りないが、相手にしないほどではない。
そこまでは、いつもとあまり変わらない。
問題は中味だけど、これまでの恋人はそこそこ人間レベルが安定していた。
大人な対応ができて、高級感があって、オレに甘い男が多かった。

今度のターゲットは大人の対応とはほど遠く。
高級なわけじゃなく、かといって低級なわけでもなく。
センスがあるわけでもないが、ないというわけでもなく。
クールなのに時々ホットで、でも妙なところで冷めてたりする。
ちょっと物言いが乱暴なこともがあり、生意気な雰囲気がある。
そしてオレを甘やかすことはない。

でもぶっきらぼうなのに親切と言うか、面倒見はいい方だと思う。
栄養が足りてないんじゃないかとか、喉を労わってくれたりとか、
健康上の心配をしてくれたりする。それは誰に対してもだから、
オレ的には残念なところだけど。

本気かそうじゃないのか、表面ではほとんどわからない。
どっちつかずで、なんだか独創的なセンスの持ち主。

オレは今まで、恋愛に関して本気になったことはそんなにない。
本気なんだと云いながら、とにかく落とせればそれで満足だった。
サワは遊びの恋愛しかしないと、次第に噂されているのも知っていた。
だから、きっとこれも落とすまでの間が愉しいだけだと思っていた。

何が気に入ったのかといえば、何だろうと思いたくなることばかりだけど。
会話が時々かみ合わず、なのにお茶目で、はにかむような笑顔が凄く良くて。
それを急にやられると、不意打ちを食らってハートに直撃したりする。
女子ならキュン! という表現が似合いそうなソレ。
きゅんだなんてどうかしてるかな、オレは。

そしてまるでカケヒキを分かってないように見えて、
実は案外心得ているんじゃないか……とも思えるところがある。
そこが少し心憎いというか、狡いというか、どことなく気になる点で、
ただスルリと抜けていつも掴みどころがないようなところがある。

押しが強い方が良いのかとがっつり口説いてみても自然にスルーされ、
脈がないのかと放っておくと、ドキリとするようなことを言って寄こしたりする。
総体的にはそれは天然性が高く、本心が読み取りにくい。
でもいつもあの屈託のない笑顔の意図的かもしれない煙に巻かれている。

もしかして意外と策士なのかもしれないと、最近は思う。

そんなちょっと個性的で独創的でウイットで天然ぎみの可愛い想い人だ。
まさか恋ではないだろうけれど。今までと何もかもが違うような。
オレはひどく惹かれている気がする。
今までにこんな気分ってあったかな?
落ちないから焦っているだけなのか?


そんな彼の名前は、マック。

老舗ライブハウス、シックスティーズのベーシストだ。
あの店のバンドマンだから、それなりのレベルはあるのだけれど。


時折、オレはマックと飲みに行く。
マックとは一緒に演奏したライブステージで親しくなり、この数ヶ月で急接近になった。
お互い忙しい身だから大抵はステージが終わったあとの少しの短い時間。
会う時間が短ければ短いほど、想いが過分に大きくなっていくものだと知った。
短くて滅多にない逢瀬は秘密のような気分にもなれる。
会うのは大抵、何の色気もない居酒屋や屋台だけれど。

ときどき勝手にデート気分を味わいたくて、
ナイトクラブのピアノ・マンで待ち合わせようと云うと、マックは嫌な顏をする。
あの店が高級だからという理由じゃないとオレはと思う。
マックがあの店で時々飲んでいたのを知っていたから。
どうやらピアノマンのオーナー、レイジさんがマックは苦手らしい。
だからわざとあの店にしようと提案してみる。
少し嫌な顏をする時、ちょっとツボるからだ。
なんとなくその表情が可愛い。悪趣味かな?


ピアノ・マンのオーナー、レイジさん。

レイジさんは、とにかくリッチなナイトクラブの高級な男だ。
これまた空気が他とは異なる。

凡人を寄せ付けない空気を纏っている。
危険な匂いも感じさせるミステリアスで年齢不詳の大人の男。
見栄えも良く、風貌はギリシャ神話の美神のように彫が深くて知的だ。
それでいて少し影がある。
カッコイイ、シブイ、セクシーと形容するような男性。
もっと深みのある言い方があってもいいけど、オレの頭じゃ語彙はココどまり。

彼は見かけと違ってかなり軽口や冗談が好きらしいのだが、
自分の気に入った人間としか話したり、冗談のやり取りはしない。
彼が見えるものは、興味を持った人間だけ。
興味のない人間は存在していないものになるらしい。ほぼ無視に等しい。
これはうちの店、クラブアルーシャの三浦店長の受け売りだけど。

レイジさんは、三浦店長の憧れのひとでもある。
業界でもレイジさんはやり手で一目置かれているらしい。
ちょっと変わり者で、ヤバい筋との関わりがあると店長は言っている。
暗黒街の男とか、闇の用心棒だとか。まったく武力タイプには見えないけれど。
しかもヤバい相手は日本人じゃなくて、外国の方。
なんだか国際的だ。
時々、店内で中南米系の外国人を見かけることがある。
マフィアなどを通り越してテロ的なヤバイ匂いがする感じだ。

レイジさんとは、一度ピアノマンで話したことがあった。
口説いてみようとして、あっさり失敗した。
オレのようなボウヤは歯牙にも掛けないらしい。
確かに届かない、という印象だった。
オレごときの男では、相手にされない。

しつこいのが取り柄のオレらしくもなく簡単に諦めたのは、
ナルセの愛人だと本人の口から聴いたからだ。
それがでまかせか本当かはよくわからなかったが。
でも恐らくオレのレベルでは手の届かない人種だ。
無駄な努力はしない。落とせないなら、諦める。

大抵は粘る方だけど、レイジさんは別だ。
まるで届かないお星さまでナルセばりだ。
危険な噂といい、まったく世界が違う。

だから、オレと同じようにマックも彼が苦手なんだと思っていた。
あまりに住む世界が違いすぎる。
性格も考え方もセンスも合いそうにはないし。
相手にされるとは思えない。

そう思っていた。
そう、思っていたんだ。
あの瞬間までは。


今夜はアルーシャが急な貸切で仕事が休みになったので、
オレは常連のマダムを誘って早い時間からシックスティーズに繰り出した。

マダムたちはいつも食事や飲み代を出してくれるので、ありがたかった。
枕営業などしなくても、彼女たちは自分が41のサワをつれて歩くだけで、
それ以上のお返しを貰っていると思っている。
店の常連客は、バンドメンバーと仲良くなり見栄を張りたがる。
美形ボーカルのサワを連れて歩くのは、気分が好いそうだ。
そう言われて悪い気はしない。

年上も年下も、基本的に女自体に興味はないが、
マダムたちは淑女でガツガツとした欲求をオレに決して求めたりはしない。
まぁ、たまにはそういう女性もいるけれど。
どちらかと言うと若い女性の方がそういうところは積極的だ。
そうなると若いお嬢さんよりはマダムといる方が、オレ自身は気楽だ。

シックスティーズに着くとじきステージが始まる時間だった。
メンバーがステージに上がって来始めていた。
フロアを見渡すと多少、アルーシャとはジャンルが違うせいなのか、
たまたまその日の客層のせいなのか、見知った顏はあまりなく、
アルーシャのサワに気が付く客はほとんどいなかった。
ほっとするような、寂しいような複雑な気持ち。
わかるかな? やはりボーカルはどこでも目立ちたいんだよな。

しかし、今日は驚いたことにステージにナルセがいない!

どうやら休みらしかったが、非常に残念だ。
正直、自分でも思いがけず落胆してしまった。

マックに会いたかったが、ナルセの姿も見たかったのが本音だ。
やはりシックスティーズに行くからには、ナルセが見たい。
ナルセはカッコイイの度合いがもう、桁外れだ。
嫉妬も憧れも抱き、複雑な気持ちにもなるが、同じボーカルとして勉強になることも多い。
けれど常に誰もが彼のパフォーマンスを参考にしていても、あまり活かされた例がない。
だってもう本質が違うし、ナルセはナルセでしかないからだ。

誰が真似てもナルセにはなれない。
ならないんだ。悔しいとも思うが諦めもある。
スーパースターはオーラが違う。

それにしても。
スター不在のままステージをするなんて、シックスティーズは客を舐めているのか、
よほどセブンレイジィロードを信頼しているのかのどっちかだ。
なんだか信じられないようなお笑いステージになっていて驚いたが、
案外、楽しかったのが意外だ。こういうステージもありなのかもしれない。

普通の店なら客は男性ヴォーカルがいなければすぐに席を立つ。
帰った客も多少いるようだが、残っている客もシックスティーズには多い。
ナルセ以外にも目当てはいるようだった。

シックスティーズのメリナは、この辺りでは群を貫いて最高の歌姫だ。
おかざり姫ではない実力派なのは、このメリナくらい。
どの歌姫も、メリナの足元にも及ばない。
下手をすると男性ボーカルだって喰いかねない。
それくらい凄いボーカルだ。

だから彼女はちょっと異質。他の店にはいないタイプ。
ナルセが他所の店から口説き落としたらしいが、
あのナルセを動かせる歌の魅力が彼女には存分にあると思う。

オールディーズバンドの世界は、男社会だ。
今は違うが、昔は男性ボーカルに女性ボーカルを性的にあてがうのが、
通常だった時もあるらしい。すごい時代。オレは少ししか知らない。
女の子は顏が良くて、愛くて、スタイルが良ければ誰でも良かった。
ダンスもできれば踊れるといいが、歌には期待していない。
男性ボーカルを引き立てるだけのお飾りお人形役だからだ。
そして、客席に笑顔で媚を売っていればいい。

そこだけは、今もあまりかわらない。
あまり歌が酷いのは困るから、アルーシャの女の子はそこそこだけど。

だから、ナルセが居なくてもメリナで成り立つという計算なのかな。
でもマダムはかなり落胆してがっかりぎみだった。
オレのファンで一緒にいても、やっぱナルセは特別なのだろう。

ナルセには、本当に誰もが骨抜きにされる。
誰だってナルセのスター性を見抜けば、魂を持って行かれる。
それが分からないヤツは、きっと不感症だ。
オレは嫉妬も忘れて気の毒になり、
ベースもドラムもそこそこ美形ですよと促してみたが、マダムは苦笑しただけだった。



photo/真琴 さま

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