2012☆クリスマス★妄想ショート・ストーリィ
60’sシリーズ

ハートに灯をつけて
Light My Fire


場所:ピアノ・マン バーカウンター
登場人物: 鏡 夜/レイジ




鏡 夜「何をにやけているんですか」

レイジ「―――なんだって?」
鏡 夜「いま、笑ってましたよ。思い出し笑いですか」
レイジ「笑ってない。気のせいだ」
鏡 夜「どうでしょうね。では、そういうことにしておきましょう」
レイジ「そういうこともどういうことも、笑ってないぞ、おれは」
鏡 夜「いったい何の妄想をしてたんですか? 私に言えないようなことですか。
    自覚がないなんて、重症ですね」
レイジ「うるさい。しつこいぞ。恥ずかしいから、おまえの為に黙ってやってたのに。
    聞いて後悔するなよ。思い出してたのは、昨夜のキョウの、霰もない姿だよ」

鏡 夜「そんなことでニヤニヤしたりしないでしょう、貴方は」
レイジ「そんなことはない。おれだって、助平ぇなジジイみたいに、
    エロエロしい熱い夜のことを思い出して、にやけたりするだろ。
    昨日の鏡夜は、いつもより凄かったからな……おまえの痴態が目に浮かぶ」
鏡 夜「そうなんですか。昨日のプレイがお気に召しましたか。
    では、今夜も泊まりに来ます? 構いませんよ」
レイジ「いや、ああいうのは、時々でいいかな。
    あんまり凄いとちょっとオジサン、もたないし、次の分まで頑張り過ぎちゃうからな」
鏡 夜「それは残念ですね。でもこれ以上頑張らなくても、満足していますよ」
レイジ「……それは逆の意味なのか? おれにプレッシャーを与えてるのか?」
鏡 夜「いいえ? 素直にそう云ってますけど」
レイジ「だといいがな。それにしても、ああいう技をいったいおまえはどこで覚えてくるんだ?
    まさか浮気なんかしてないだろうな?」

鏡 夜「していませんよ。参考は二次元媒体からです。本とか映像ですね。
    裏取引先の夜のお相手も任されていましたから、テクニックも磨く必要がありましたので。
    やはり外国の方は、しつこいですからね。普通の技ではご満足頂けませんから、
    勉強をして学びました。ただ幸いお客様は経験豊富で、色んなことを教えて下さいましたしね。
    彼方のおかげで、そういう知識と経験が豊富になりましたよ。やはり実践が一番でしたけどね」
レイジ「……おまえって本当に仕事熱心だったんだな。悪かったよ……苦労させて。
    それは遠回しにおれを非難してるんだよな?
    そんなセクハラまがいのことまで、おまえに頼んでいて今さらだけど謝るよ。
    だけど別に、おまえが進んでやる必要もなかったと思うんだがな……。
    だって、おまえの言いなりになる下っ端もおまえは結構抱えてるよな?」

鏡 夜「貴方のためだから、私がしたかったんですよ。それだけです。
    だから謝る必要はありません。非難などしていませんし、本当に感謝していますよ。
    最近、豪さんが送ってきてくれた映画があったので、昨夜はそれを参考にしました」
レイジ「えっ!? ご、豪から?! そ、それって裏ポルノなんじゃねぇの?!
    なぁ、それ、良かったら、おれにも貸してくれないか? まだ持ってる?」
鏡 夜「何を興奮しているんです。貴方には珍しいものではないでしょう?」

レイジ「……え? いや、そ、そうだよ? 別にそういう映像は、見飽きてるからな。
    仕事柄、裏の外国ものは手土産に貰ったりしてたし。おまえ知ってるか?
    『20人のキャンパスポーイ』っていう傑作ポルノがあって、これがもう笑えるんだけど……」
鏡 夜「知りませんよ。そんないかがわしいもの。何がいいんです、学生なんか」
レイジ「そんなとこで、嫉妬するなよ。いかがわしいって、おまえも見たんだろ、その裏ポルノ?」
鏡 夜「見ましたよ。とても刺激的でしたね。……そう、だったでしょう? 昨夜は……」
レイジ「……ああ、うん。昨日のアレが……そうか。そうなのか。ほうほう。
    あれがあのナルセをメロメロにさせたっていう……ふぅ……なんか興奮してきたな……」
鏡 夜「ナルセさんが、どうかしましたか?」

レイジ「いや? なに? ナルセなんて誰も言ってないけど?」
鏡 夜「妄想だけじゃなく、独り言まで漏れてますけどね」
レイジ「しつこい。云ってない」
鏡 夜「そうですか。では、そういうことにしておきましょう」
レイジ「なぁ、まだ持ってるならソレ、貸してくれよ?」
鏡 夜「必要ないでしょう? 私が実践してあげてるんですから」
レイジ「いやでも他にも見どころ、あるだろ? ケチケチするなよ」
鏡 夜「他のもベッドでして差し上げますよ」

レイジ「いやいやいや、そんなにおまえが頑張らなくてもいいんだって、悪いし。
    これ以上、身を削らなくてもただ見れば済むんだからさ、な?
    おまえには本当に悪いことをしたと思ってるんだ。これ以上、無理させられないだろ」
鏡 夜「私では、役不足だということですか?」
レイジ「そんなことは云ってない! 誤解だ。キョウは最高、誰にも負けてない!」
鏡 夜「ナルセさんにも?」
レイジ「それは反則だろ。ナルセを出すなよ」

鏡 夜「嘘ですよ。ナルセさんと張り合えるとは思っていませんから。
    でも困りましたね。残念ながら、もう手元にはないんです。下へ回しました」
レイジ「……下って?」
鏡 夜「彼方もさっき、云ったでしょう。私がする必要はないんだと。
    代理の色仕掛け要員に、しっかり勉強をして貰わないといけませんからね……。
    渡した部下の名前を教えますから、本人から借りたらどうですか?」
レイジ「……わかったよ。はぁ、ここにも悪魔がいたとはな……」

鏡 夜「レイジさん」
レイジ「別にもういい。しつこくして悪かった。ほんの悪ふざけだから気にするな」
鏡 夜「彼方の思い出し笑い、別のことかと思っていました」
レイジ「そうかい」

鏡 夜「……私の想像を訊かないんですか?」
レイジ「うん」
鏡 夜「正解だと困るから、話したくないんですね」
レイジ「そうだよ」
鏡 夜「……そういえば、今年のクリスマスパーティの出席は、どうされますか?」
レイジ「そうだなぁ、今年はシックスティーズからもお声がかからないし、出席しようかな。
    おまえが一緒に来てくれ、鏡夜。スケジュールも任せるよ」
鏡 夜「はい。承知しました」





それにしても――――。

あれは、笑えた。



まさかあそこでああ来るとは、思わなかった。
過剰演出だ。あまりにあれは大げさ過ぎるだろう。
本当にふざけた男だ。
思い出すとマジで笑える。苦笑に似た笑い。それとも失笑か。


あれは、十一月の初めか半ばだったか。

シックスティーズの歌姫メリナが、ソロライブに来いとしつこくメールを寄こすので、
偶然その日、スケジュールに空きができたおれは、遊びに行ってやったのだ。
女性の誘いを断るとあとが怖いからな。
それにメリナの歌は、ナルセの次に好きだし、天に届くような素晴らしい歌声だ。


するとそこには―――小僧がいた。
まったく、まいった。

仕組みやがったかな、あのお嬢ちゃん?
このレイジさまをハメようとするなんて、いい度胸だよ。

そう思ったが、あれは本当に偶然なのかもしれない。
坊やは以前からよくメリナのソロには行っていた。
だから、もしかすると会うかもしれないくらいには、おれだって思っていたのだ。
でもだからといって、遠慮するほどの義理はない。
まして会いたかったわけでもない。

自分勝手に言いたいことだけ言って、おれから離れていったのは、
あの小僧の方なんだから、おれが気を遣ってやる道理もないだろう。
ただ会ってみれば、なんとなく後悔しなくもなかったが……。
思った以上にあいつは狼狽して、ただ愛想笑いを浮かべた。
間抜けな笑顔。話しかけては来なかったので、おれもそれに合せた。
ちょうどクラブアルーシャのステージにヘルプで入って、
サワとの噂がおれに伝わったことで、バツが悪かったのかもしれないし、
ただ単に思いがけない偶然に緊張しただけかもしれない。

だからつい面白くて、からかって声をかけてやったのだ。


『あと少しだけ、居ればどうだ?』と。


そうしてあいつは、おれの言葉に、
生きるか死ぬか、究極の選択を迫られたような深刻な顏をした。


それは、ちょうど1ステージが終わり、
用事があるのでもう帰るという小僧を、歌姫が必死で引き留めていた場面に出くわした時だ。
紳士なおれは、お嬢さんの味方をしてやったまでだ。
だが、思いの他、あいつは意外なその反応を返してきた。

同時に溺れた母親を救うか、恋人を救うか、本当に悩んだあげく固まってしまった真剣な顏。
過ちでイエス・キリストと一夜を共にしてしまったブッダのような苦悩の顏。
そう、懐かしさを覚える、あいつのよく見慣れた表情だった。
おれの一言で、帰るか否かを真剣に迷って悩んで―――いたわけではない。

メリナはあまりに大げさな反応に対して訝しんでいたが、
天然のお嬢さんは、気がついただろうか。

あれがあいつ特有の『ジョーク』だということに。
ボケているのだ。あいつは。
同じステージに立つメリナには、慣れっこだったかもしれないが。

あんな真面目くさった顏を見るのは、久しぶりだった。
以前、よくああいう顔をして、おれを騙してくれた。
あいつを知らない人間なら、そんなに真剣に考えることなのかと、
逆に心配になって、真面目に突っ込むところだが、
実はそれ自体がヤツのボケなんだということに、気が付くには多少のつきあいと時間がいる。


ただの冗談を笑わずに、まるで親父の訃報でもきいたかのような深刻な顔をして言うので、
こっちもその気になって真剣に取りあうと、ちぐはぐな問答で話が通じないことがよくあった。
そういうことがあまりに多くて、妙な違和感を感じ始めた頃、もしかして冗談なのか? と、気が付いた。
それに気付くのに、おれは半年くらいの時間がかかった。意外とおれも間抜けだ。

それでも、おれはまだ勘の良い方だ。
ナルセなんかは、きっとまだ理解できていないだろうと推測する。
ひとの言うことを、ナルセは真剣に聞いていないからだけど。

とにかく。
あいつはおかしなセンスで、ひとのペースを狂わせるのだ。
冗談を、最後まで笑わないで済ますところがある。
メリナのライブにも、案の定、ステージに上げられて、真剣な眼差しでベースのくせに、
ドラム叩きを披露していた。但し、やっぱりボケることは忘れない。
あのセンスがおれには理解できないが。
客はあいつが最後に笑うと、ボケたのかと気が付き笑う。
客席には大うけで、シックスティーズのMCでも同じこと。呆れるばかりだ。
本当をいえば、それほどセンスが悪いとは思っていないのだが、認めると調子付く。
それに調子を合すのにはほとほと苦労する。

そのうちに、自分の冗談に自分自身が騙されて、ボケたことを忘れ真剣に考え始めるのではないか。
もしそうなら本当のバカだが、そう思うくらい、真剣にボケるとこがあいつにはある。



そう。

もしかしたら、あれは―――
あれは、小僧の独特の冗談だったんじゃないか。

おれが真剣に決別を取りあったから、あいつはあとに退けなくなった。

だとしたら?

―――――笑える。

何が笑えるって、それの何が笑えるんだ?

そう思うおれが、笑えるのか、
そう誤解されてしまったあいつが、笑えるのか、
そうと分かっていてわざと騙されてやったおれが、笑えるのか、
そうと騙されて今さら気が付いたおれ自身が、笑えるのか。

それとも。

ただ理由もなく笑えるのか。


久しぶりに見たアイツの、あの馬鹿げた表情を、
セックスの関係をやめてたった一か月程度しか経っていないのに、
ひどく懐かしく思ったおれが、笑えるのか―――。


何がいったいそんなに笑えることなのか、分からない。

ただ、思い出すと笑えるだけだ。
思い出し笑いは、なんとなく妄想めいている。

そんなことって、あるだろう?
ただ理由もなく、想像して笑える。
本当にあったことだったかも、もう記憶が定かではない。
あいつは、妄想は得意だと言った。そうだ、妄想は悪くない。
恒例クリスマスの逸話は、ただの妄想だったんだから。



そうか。
もうじきクリスマスが来るんだな……。

思い出すわけじゃないが、あの日がクリスマスだったなら、
少しは思い出しても、おかしくはないよな。
クリスマスは個人に特別な日じゃなくても、世間一般で特別な日だ。
それに今までは、おれにとってもクリスマスは特別な日だった。
神様がエトーに会わせてくれると、妄想めいて信じていた特別な日。

そして、一年前のクリスマスを、忘れるはずもない。
エトーのくれた闇と決別した記念日を、忘れる方が薄情な話だろう?
ただ、気まぐれに選んだオプションが、思いのほか悪くなかったというだけだ。

あの寒くて、死ぬほど凍えた雪の日に。
エトーも昭子も、おれを置いて逝ったあの日に。
クリスマスの妄想逸話と決別したあの夜に。
あいつのマンションのバスルームの湯気は、リアルなのに天国のように暖かかった……。

真っ黒闇だったおれの中に、火のような熱が、灯った瞬間だった―――。


今年からのクリスマスを、おれはどう過ごすのだろうかな。
クリスマスまでは、もうじきだ。
そばには、鏡夜がいる。おれは孤独ではないはずだ。
おれには自暴自棄な顏をして、マンションの入り口に佇む酔狂さは、もうない。
たとえ、同じように雪が降ったとしても、灯がつくことはないだろう。

そうだろう、きっと―――。






END

2012.12.17
参照:咲子の妄想ライブ日記 2012/11/12