You're Only Lonely
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先月9月21日 AM02:05
シックスティーズ ステージ終了後
二階隅のテーブル
登場人物:リン/マック/ヘミ/レイジ
リ ン「なぁ、ビールまだあるか?」
マック「あるけど……ところで何で、楽屋でやらないんだ?
店内でおれらが宴会やっていいのか? あとで店長に怒られないか?」
ヘ ミ「あら。妙なところで几帳面よね、マックって。
いいじゃないの、別に。お客さんは帰ってしまってるんだし、もう閉店済よ」
レイジ「そうそう。美女が良いって云ってるんだから、全然構わないだろう。
おれは女王さまの組んだ綺麗な足の為なら、店長を永遠に黙らすこともできる」
ヘ ミ「どこを見てるのよ、レイジ。蹴っ飛ばすわよ」
レイジ「望むところですが、おれの女王様」
リ ン「大丈夫だよ、マック。ちゃんと店長には許可とってるし、隅なら別にいいってさ。
閉店してるし問題ないよ。レイジがいるから、楽屋じゃ飲めないだろ」
レイジ「そうだぞ。あんなムサ苦しいとこに、この高級オーナー様が座れるかよ」
リ ン「いや、関係者以外立ち入り禁止なんだよ」
レイジ「なんだよ。おれはもう関係者みたいなものだろ。冷たいな、リン」
ヘ ミ「だいたいレイジは、何しにきたの? 珍しいわね。
シックスティーズにお客として来るなんて。ステージから見つけた時は、ビックリしたわ」
レイジ「なんと! おれを見つけてくれたのか? 光栄だ。
女王様を驚かそうと思って、忙しいスケジュールをやりくりして来たんだよ。
本当に久しぶりに見るヘミは美しいねぇ。今度からおれのミューズって呼ぼうか」
ヘ ミ「オヤジくさいわね。レイジは目立つから、周りの様子ですぐ分かるわ。
何でもいいけど、じろじろ見ないで。ビールで水浴びしたいの?」
レイジ「美神ミューズの黄金水なら、まったく歓迎だ。むしろ金を払ってでもかけられたいね」
ヘ ミ「この変態をどうにかしてくれない? リン」
リ ン「やだなぁ、レイジ〜(笑) 黄金水って、もうそれ、下ネタじゃないの?」
ヘ ミ「やだ。ちょっとやめてよ。もう酔ってるの? 下品なこと言わないでよ。
せっかくのお疲れビールが不味くなるわ」
レイジ「しかしヘミでもビールを飲むんだな。知らなかったよ」
ヘ ミ「勿論よ。シャトーラトゥールとパイパーエドシックばかり飲んでいるわけじゃないわよ。
そんなもの滅多に飲めないもの。レイジと違ってあたしは庶民なの。
でも、ピアノマンでシャンパーニュのグラスサービスが出れば喜んで頂くわよ。
レイジ「それはおれへのお誘いかい? お望みのボトルを開けてあげるよ、おれのミューズさま。
ヘミにチープな瓶ビールは似あわないと思ってたが、ビン飲みがサマになり過ぎてるな。
エロ過ぎてオジサンは、鼻血が出そうだ。グラスで飲んでる男どもが軟弱に見える。
今後ピアノマンでは、女性客にグラスを出すのをやめようかな」
リ ン「この最低セクハラオヤジをなんとかしてくれよ、マック!!
ときにお前、なんでさっきから、無言なの? ほとんど喋ってねぇじゃん。
ステージでのハイテンション、どこ行ったんだ? 飛ばし過ぎて脱力か?
だいたい、レイジはいったい何しに来たんだよ? 用事は?」
マック「それさっきヘミが云ったぞ、リン」
リ ン「そうだっけ。で、お前はどうしたんだよマック? お腹でも痛いのか」
マック「おれは、その、確かに飛ばし過ぎたんだよ……」
リ ン「今日は、お前のすべてぇ〜ポーズ♪が、ビシっと決まってたもんなぁ?
但し、キタさんにも同じ事やられちゃったけどな。
今後、あの歌、盗られるんじゃないの? 狙われてるぜ?(笑)」
マック「……うるせぇよ。その話、もういいって」
レイジ「おれの用事か? ああ、そうだ。差し入れがあったのを忘れてた。
ホラ、好きなものを持って行っていいぜ?」
リ ン「……なにこれ。マジでか?
これって、レイジには真逆のすっごい、ファンシーなものじゃねーの?」
レイジ「商品名『クレパスのカップ酒』だ」
ヘ ミ「クレパス? なんだか懐かしい響きね。小さい頃、お絵かきに使ったものでしょ?」
レイジ「OH! 嘘だろ……可愛いな。
お絵かきってもう一度、言ってくれ、ヘミ」
ヘ ミ「もう二度と言わない。ただの絵を描く画材だわ」
リ ン「なんか非常に不味そうなんだけど。でもパッケージは、ずいぶん可愛いよな。
へぇ〜。クレパスをイメージした、カップ酒なんだ♪ 面白いな。
けどこれって、ハンズのパーティコーナーにあるようなチープなやつじゃねぇの?
高級クラブオーナーの差し入れレベルにしては、あまりにも低俗すぎないか?」
レイジ「おれだって毎日シャトーやクリュッグばかり飲んでるわけじゃねぇぞ」
リ ン「もうさ、さっきからヘミとレイジの云うカタカナが、まったく分からないんですけどね」
レイジ「そりゃ失礼。じゃあ、庶民のリンでも分かる話にしよう。
おれは昔、デザイン業界に居て、エトーも元はその業界の人間だったんだ。
だからまだ長い付き合いの関連会社が色々あって、このファンシーな庶民の商品はその一環だよ」
ヘ ミ「あら、レイジはデザイナーだったの?」
レイジ「いいや。残念ながら、おれには才能がなくて、すぐ辞めたんだがな。
そのからみもあって、店のお得意様には広告パッケージデザイン業界やらも多い。
幅広くはひっくるめて美術関係だろ。今日は、昼間にちょっとした代理店のコンペがあってな。
担当者が土産にくれたんだ。
何も普段から豪華キャビアのお土産が入った紙袋ばかりのつきあいをしてるわけじゃないぜ。
おれは案外、庶民派セレブなのさ」
マック「ふうん。画材の会社と清酒会社のコラボ商品なんだな。
桃色、黄色、緑色、赤色、青色、白色か。まさにクレヨンだな」
ヘ ミ「とてもキュートだわ。イラストもそれぞれ違うのね。クローバーや犬が可愛いわね。
メリちゃんが好きそうだわ。彼女の分も貰っていい?」
レイジ「勿論。見た目は女の子向きだからな。でも中身は普通の日本酒だぜ。あの子は酒は苦手だろ。
ヘミの好きな色は、何色かな?」
ヘ ミ「あたしはグリーンが好きよ。この緑のクローバーがいいわ。ラッキーな感じがする」
レイジ「奇遇だな。おれもグリーンは大好きだ。誕生石の色だからな」
ヘ ミ「……エメラルド、ね。緑はレイジに似合うわよ」
マック「エメラルドって、何月?」
ヘ ミ「5月……だったかしら。何? レイジの誕生月が知りたいの?」
マック「い、いやそういうわけじゃないって。誕生石、とか言うからさ」
レイジ「おれの誕生月なんかどうでもいいだろ。
おまえは最後にしろよ、ボウヤ。まずレディファーストだからな」
マック「分かってるよ……ガキじゃない」
リ ン「メリちゃんは、ぜったい、このピンクの桜だと思うな♪
ジュウリにも持って帰ったら? 姐御は赤いイチゴがいいと思うけど」
ヘ ミ「そうね。でも、この黄色の犬も捨てがたい。白クマも可愛いし……迷うわ」
レイジ「……いいねぇ。ヘミもやっぱり女の子だったんだな。
女の子が可愛いものを選ぶ光景ってのは、目の保養になるな。
こんなに人気なら、もっと貰ってくれば良かった。もうヘミが全部持って行っていいぜ?」
ヘ ミ「そう? でも日本酒なら、飲んだくれのリンとマックにもあげないとね。
お酒は、いるでしょう? そうね、選んであげる。
リンは黄色い犬で、マックは……この青いクジラね。ハイ、どうぞ」
リ ン「サンキュー♪ おれって黄色い犬のイメージなのか? ワン♪」
レイジ「なるほど。黄色ってのは、ガキの色だな。リンらしいぜ?」
リ ン「ひでぇ!! あ、マックてめぇ、こっそり笑っただろ、今」
マック「いえ、笑ってませんよ。リンがヒヨコっぽいとか思ってないよ、おれ……」
リ ン「はぁ?! ヒヨコってか?!
もしやレイジは、幼稚園の黄色い帽子の俺をイメージしたんじゃないだろな?」
レイジ「まぁそんなとこだが、色にはそういうイメージがある通り、意味もあるんだよ。
色は人が持つ印象と密接な関係にある。
黄色いひよこは、一般的に幼いイメージだろ。幼稚な感じだ。
明るくて楽しくて憎めなくて微笑ましい、ピヨピヨ頭のリンのイメージだな……(笑)」
リ ン「くそ。ピヨピヨが余計だよ。色にも意味とかがあるのか?」
ヘ ミ「そういえばカラーセラピーっていうの、あるわよね?」
レイジ「赤は情熱的なイメージだろ? 赤の意味は、エネルギーとか、行動力などだ。
そういう色を見ると興奮することもあるし、やる気が湧くこともある。
でも逆に、信号機の赤は止れで、危険を示す場合もある。
興奮しすぎは、要注意だ。血の色も赤だ。
血を見て興奮する奴もいれば、失神する奴もいる。だから案外、紙一重だな」
リ ン「へぇー、面白いな。意外と奥深いな、色のイメージってさ。
そんなの今まで、考えたこともなかったよ。
色で気分も変わるのかな。着てる服の色で、印象もかわるもんな。
闘牛士も赤いマントを振り回して、牛を興奮させてるよな、そういや」
レイジ「牛は人間が見ている色とは、違う色彩で見てるけどな」
リ ン「そうなの? 赤色が興奮するんじゃないの?」
レイジ「あれで興奮するのは、観客の方だよ。牛は2色型色覚だからな。
世の中には、見る世界がグレースケールの生き物も多い。
それに国によっても色のもつイメージが違う場合もあるし、
一概に、同じイメージを誰もが共有できるわけじゃない。トラウマだって関わるしな」
マック「トラウマ? 色でトラウマ?」
レイジ「ピンクの服を着た母親が、必ずしも優しいわけじゃないってことさ。
もし優しい人柄の母親だったら、ピンク色は暖かい、優しい、母性愛のイメージになるが、
ピンクの服の母親にいつも虐待されてたら、その子供はピンクを見ると怯えることになる。
その子にとって、ピンク色は恐ろしい悪魔の色だよ。だが色の意味は母性愛だ。皮肉だな」
ヘ ミ「分かるわ、そういうの。そういうことってあるわよね」
レイジ「それは聞き逃せないな。あどけない少女のヘミに、誰か意地悪したのかい?」
ヘ ミ「そうね。そういうこともあったけど、
赤いドレスのあたしを見ると、怯えた男が過去にいたわよ」
レイジ「それはヘミが真紅のドレスを着てそいつを苛めたのか、そいつの幼少トラウマなのかどっちかな」
ヘ ミ「さぁ。どっちだったかしら?」
レイジ「おれは絶対、前者を希望だな。羨ましい野郎だ。代わりたかった」
リ ン「ヘミは、危険な赤の悪魔な女に決定だな。
レイジの色のイメージは、何だろうな? ……黒かな? 暗黒街の闇の色だな。
それとも嫌味なゴールドかな。待てよ、そりゃナルセかな」
ヘ ミ「レイジのイメージも、エメラルドグリーンよね?」
マック「……藍色。紺色とか、深い青系の」
ヘ ミ「あら。ロイヤルブルーや、インディゴブルーね。
そうね、確かに似合ってるかも。言われてみれば。
レイジはエメラルドも似うけど、宝石なら深い色のラピスラズリも合うわよ、きっと。
でも、あたしがマックに選んだのも、青のクジラよ」
レイジ「さすがヘミは色の名を知ってるんだな。インディゴ・ブルーは良い色だ。
まぁ近似色はやたらとあるからな。色の三属性には色相、彩度、明度があって名前も違う。
JIS慣用色名は269色あるしな」
リ ン「うわ、そんなに色ってあんの?! すげぇな! レイジは言えるのか?」
レイジ「さすがに全部は言えないな。遥か昔には覚えてたけど、今はどうかな。
そういう資格も持ってはいるが、取ったのは遥か昔の若いころだしな。
今はネットで調べれば分かるんだから、全色覚えるなんてのは、オタクのすることだろ」
ヘ ミ「マック、大丈夫? さっきから言葉少なげだけど。そんなに疲れた?
あたしの選んだ青いクジラは、気に入って貰えたかしら?」
マック「えっ。ああ、うん、青いクジラは可愛いと思いますよ?」
ヘ ミ「なぁに、それ。気のない返事ね。まさかもう眠いの? 酔った?」
マック「そうだな。マジでちょっと眠いかも。酒のせいかな。悪いけど、もう帰るわ、おれ」
リ ン「じゃ、おれも帰ろうかなぁ〜」
ヘ ミ「リン、アナタはもう少し飲んで行きなさいよ。
ジュウリが、あと少ししたら来るのよ。送って行ってあげるわ」
リ ン「げっ。ジュウリ来るの? じゃ、やっぱ帰ろうみたいな……明日もあるし」
ヘ ミ「何を云ってるのよ。明日は誰にでもあるわよ。リンに会えるって楽しみにしてるのよ。
来るまで居なさいな。命令よ。マックにも会いたがってたけど、残念だわ。本当に帰るの?」
マック「そうなのか。悪いな。でも、よろしく言っといてくれよ、リン」
リ ン「げっ!! けっきょく俺を生贄に置いて行く気か!!」
マック「情熱の赤いイチゴの姐御にヨロシクな〜。おやすみ、また明日な、ヘミ」
ヘ ミ「おやすみなさい。よく眠って疲れをとって」
リ ン「……えーと、レイジは? レイジは帰らなくていいのか?」
レイジ「どうして? もう帰れってことか?」
リ ン「いや、そうじゃないけど……。
オーナー様は、ピアノマンに帰った方がいいんじゃないかと思ってさ……」
レイジ「……そうだな。じゃ、帰るか。マック、送って行ってやろうか?
ついでだし、乗って帰ってもいいぜ」
マック「まてよ。あんた、車で来たのか? 飲んでるだろ? 車は置いて帰れよ」
レイジ「運転手がいるけど?」
マック「……ああ、そうですか。そうですよね。
じゃ、すいませんけど貧乏ミュージシャンをリムジンに乗っけて下さいますかね」
レイジ「なんだか卑屈だな。別にリムジンなんかじゃないぞ」
リ ン「おやすみ、凹凸コンビの二人。くれぐれも道中、気をつけてな〜!」
ヘ ミ「……ねぇ、リン。マックは少し、様子がおかしくなかった?」
リ ン「えっ。そうかな。疲れたんだろ。テンション高かったし、今日」
ヘ ミ「いつも彼は劇的に高いじゃないの。ねぇ……レイジは、最近……」
リ ン「はい?! なに!? レイジがナニッ?!」
ヘ ミ「……なによ。大声出さないで。ビックリするじゃない。
レイジは最近、エメラルドの指輪をしてないのね」
リ ン「エメラルドの指輪? そんなのしてたっけ?」
ヘ ミ「人工石の……コロンビア人に貰った石の欠片で作った、特別な指輪よ。
いつもしてたわけじゃないけど、以前はよくしてたのに、最近あまり見てないわ」
リ ン「コロンビア人の彼氏? なんだか聞くからに怪しい話だな。
そういえば、そんな話あったっけな。本当にコロンビア人と付き合ってたのか?」
ヘ ミ「違うわ。いいのよ。別に知らないなら、いいの。気にしないで頂戴」
リ ン「いや、ぜんぜん気になるだろ。俺たちの間に秘密は無しだろ、ヘミ?」
ヘ ミ「そんなの知らないわ。秘密はあなたの方こそあるでしょう?」
リ ン「えっ?! ぜんぜん秘密なんかないよ?」
ヘ ミ「うそ。この際、白状すれば? なにをこそこそしてるのよ、あなたたち。
マックとレイジは、本当はケンカでもしてるのかしら?
絶対にマックの態度は変よ。あれは疲れてるからじゃないわ。
全然、レイジを見ようとしなかった。あたしが知らないうちに、何かあったの?」
リ ン「いやー、ケンカっていうか……あのですねぇ。困ったな。
どうしようかな。ナルセさんに相談してからお返事していいですか?」
ヘ ミ「ナルセ? どうしてナルセの許可なんかいるのよ。いい加減にして」
リ ン「だって、ナルセがこのことはヘミには言うなって云うんだもん……」
ヘ ミ「ナルセに電話して。いますぐよ」