You're Only Lonely
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10月08日 AM01:50
閉店後のピアノ・マン 事務所
登場人物:レイジ/鏡夜
レイジ「ハロウィンパーティって、云ったのか?」
鏡 夜「何と聞こえました?」
レイジ「ハロウィン、パーティー」
鏡 夜「そうです。合ってますよ。10月31日はハロウィンのイベントですからね」
レイジ「やるのか? ピアノマンで?」
鏡 夜「何を聴いてたんですか。ピアノマンの話じゃありませんよ。
アートボックス様のパーティに招待されているでしょう?
さっきからその話をしています。上の空なんですね。何か悩み事でも?」
レイジ「ないよ? ああ……吉川社長の変態成金パーティね」
鏡 夜「成金とか言わないで下さい」
レイジ「変態はいいのか」
鏡 夜「今年は、貴方に出席して頂かないと困ります」
レイジ「今年も、おれは行かなくてもいいんじゃねぇの?
吉川社長が会いたいのは、おまえだけだろ。キョウちゃん」
鏡 夜「そうでしょうけと、でも貴方にも来て頂かなくては困るんです」
レイジ「何故」
鏡 夜「貴方が、ピアノマンのオーナーが招待されているんですよ。
毎回、お得意様のパーティへ行くことにダダをこねるのはやめて下さい。
それとも何か用事でもあるんですか? 他のパーティにでも?
シックスティーズのハロウィン・ナイトに行きたいですか?
また貴方のボウヤと、お約束でもしたんですか」
レイジ「別にイヤだとは言ってないだろ。矢次に質問するなよ。
何でおれが行かなきゃいけないんだって、理由を聴いただけじゃないか。
吉川社長が甘いお菓子を貰いたい相手は、キョウだけなんだからな。
トリックorトリート。まぁお菓子を与えても、悪戯されるに決まってるけどな。
助平オヤジだ。だったらむしろ、おれは行かない方が親切だろ?」
鏡 夜「それがイヤだと云っているんです」
レイジ「どうして? 毎年のことだ。今年に限って何でイヤなんだよ?
生娘でもあるまいし、年に一回、淫行サービスしてやるくらい何でもないだろ」
鏡 夜「貴方は……毎回、あのひとに私を売り渡して平気なんですか」
レイジ「売ってない。貸してるだけ」
鏡 夜「同じですよ」
レイジ「同じじゃないだろ。売れば奴の所有物になるが、レンタルならおれの所有だ」
鏡 夜「レンタルもされたくないと云っているんです」
レイジ「ほう。これはたまげた。おまえがおれに逆らうなんて!
どうしたんだ? そんなにあの社長のセックスのお相手はキツイのか?
とんだ変態プレイを強要するのか? おまえが音をあげるほどのことなら、よっぽどだな」
鏡 夜「あのひとは、私の首を噛むんですよ」
レイジ「それだけ? だってハロウィンパーティのドラキュラ伯爵なら当然、噛むだろう」
鏡 夜「ベッドで血が出るほど噛まれたんですよ、去年は」
レイジ「なんだって? そりゃ凄いな。だったら、血が出る前にキスしてやればいいだろう」
鏡 夜「しましたよ。でも、あのひとは、変態です。あとも大変でした」
レイジ「おまえに変態と言われるってことは、おそらく相当ヘンタイってことだな?」
鏡 夜「そういうことです。粘着性の変質者ですよ。逮捕されればいい」
レイジ「そうか。レンタル品にそんな傷をつけられちゃ、黙ってるわけにもいかねぇよな。
おまえ、何でそれならそうと去年に言わなかったんだよ?」
鏡 夜「我慢すべきだと思ってましたから。貴方のために」
レイジ「だったら何故、今年は我慢しないんだ?」
鏡 夜「さぁ。なんとなく、今年は貴方に粗末にされている気がするからじゃないですか。
そこまで我慢するような、義理や意味がない気がしているんです」
レイジ「…………」
鏡 夜「黙らないで下さい。義理がないなんて、半分は冗談ですよ」
レイジ「半分は本気なんだろ? ……分かった。よく解ったよ。
今年のアートボックスのパーティに、おまえは出なくていい」
鏡 夜「え。でも私が行かないと、それはそれで困るでしょう。社長は納得しませんよ」
レイジ「別のを連れていくさ。新しい玩具が気に入らなきゃ、帰ってくるまでさ」
鏡 夜「でも、それでは社長を怒らせてしまうんじゃないですか?」
レイジ「ダメなのか? 別にいいだろ。怒らしておけばいい。おれには関係ない。
おまえをそんな目に合せてまで、奴に媚を売る必要なんか、一切ないんだからな。
ったく、去年に言えよ。知らないから今年も招待を受けちまっただろが」
鏡 夜「オーナーとしての、スタッフへの気遣いですか?」
レイジ「違う。おまえのパートナーとしてだよ。
よし、いい機会だから、社長に云っておこう」
鏡 夜「何を言うんです?」
レイジ「鏡夜はもうレンタルしない。おれのものだからな。もう貸出は一切、無しだ。
それが気に食わなきゃピアノマンには金輪際、出禁の令状を叩きつけるまでさ。
空席を狙っている候補者は、他にもクジ引きするほどいるんだからな。
ピアノマンのやり手オーナーは、気に入らない客は店に入れないことで有名なんだろ?」
鏡 夜「どうしたんですか、一体」
レイジ「何が?」
鏡 夜「急にそんな決断をするなんて、変ですよ」
レイジ「変? おまえがおれのために我慢してたなら、そんなことはこれからしなくていい。
おまえが愉しんでるんだと思って、おれは社長との情事を許してたんだからな」
鏡 夜「……愉しいわけがない。貴方以外の男に抱かれて、私が喜んでるわけがないでしょう。
いったい、どうして……。狡いですよ、レイジさん」
レイジ「何が?」
鏡 夜「どうして今日は、それくらのこと我慢しろと、いつもみたいに冷笑しないんですか」
レイジ「粗末にされてると言われてるのに、笑ってそんなセリフを言えるわけねぇだろ。
おれは血も涙もない冷血じゃない。温和な紳士だからな」
鏡 夜「さっき言ったことは冗談ですよ、私はそんな……」
レイジ「半分も冗談じゃないんだろ? だったら本心だよな。
おまえはこのところ―――ちょっと、気にし過ぎてる気がする」
鏡 夜「何をですか」
レイジ「おれとボウヤのことだよ」
鏡 夜「そうですか? そんなことはありませんよ」
レイジ「ほら、その通りだ。自分を客観的に見ることさえできなくて、見失ってる」
鏡 夜「……それは、私に冷静な判断ができてないと、そう云うことですか」
レイジ「そうだよ? おまえは最近、ミスが多い。おれが知らないと思ってたか?」
鏡 夜「! ……報告は、ちゃんと、しています。下らない失態ばかりで申し訳ありません」
レイジ「そうだな。おまえは失敗に対して言い訳はしない。事実を報告するだけだ。
そしてちゃんと謝ることもできる。この一ヶ月、そんな状態だよな。
おまえが謝るシーンなんざ、わざとやらかした内容の時だけでいい。
失敗など、認めない。いつでも完璧な筈だろ。おれの一番の信頼を得たんだからな。
でもその優秀な集中力が低下してるのは、小僧のせいなんだろ」
鏡 夜「……答えなきゃ、いけませんか」
レイジ「答えなくてもいいよ? 正解だからな。そんなに青ざめるようなことか?
お前のミスの原因は、おれが近頃、あのボウヤに構いすぎるからだ。そうだよな?
夏の休暇に二人だけでバカンスに出かけたりしたからだ。
会う頻度が高すぎるからだ。でなきゃ、おまえには本来ありえない失態ばかりだ。
いくら鈍感で気楽なおれでも、深刻になって原因を探したくなる」
鏡 夜「あなたは鈍感ではないですよ。原因は、そんなことじゃありません。
そんなことは気にしてはいません、違います、とは……言えませんね。
ええ、そうですよ。正解です。不本意ですけどね。
確かに私は彼を、シックスティーズのあのベーシストを気にしている。
貴方の行動に、動揺している。
こんなことは、初めてです。自分でも制御がきかない。
でもそんなことは、私の犯したミスの理由にはなりません」
レイジ「そうだな。分かってるならいい。
だったら、おれが解決してやるよ。別れよう」
鏡 夜「え……?」
レイジ「いや、別れるってのは変だよな。別にもともと付き合ってないしな……」
鏡 夜「待って下さい。私を、捨てると、いうことですか?」
レイジ「はぁ? 何で? 何でおまえの方だよ。
変なこと言うなよ、ビックリして心臓が止まるだろ。おれを捨てないでくれよな、キョウ。
そんなもの、小僧の方を捨てるのに決まってるだろ」
鏡 夜「えっ?」
レイジ「何回も云わせるなよ。おれだって決断するのは辛いんだから、少しは。
おまえじゃなくて、小僧の方を切る。つーか、もう切ったんだけどな」
鏡 夜「……もう切った? どういうことですか」
レイジ「だからさ、そろそろ決めるべきかなって思ったんだよ。
全面的に頼りにしてるクールなおまえが、テンパり始めたんじゃ洒落にならねぇだろ。
おれも調子に乗って、奇抜な遊びが過ぎたよ。気まぐれだったんだ。
反省してる。悪かったよ、鏡夜。許せ」
鏡 夜「俺が……いえ、私が裏の仕事の方も、上手くこなせてないからですか?」
レイジ「そうだよ? おれの本職の裏仕事はお遊びじゃねぇんだからな。
しっかりやってくれないと困る。闇ラインは捨てたが、紙一重に変わりない。
これ以上緩めると代償は高くなる。おまえに支障が出るなら、おれの奇抜な娯楽は終わりだ。
まぁ、そこそこお遊びは楽しかったよ。緊張感のない状況にも癒されたしな。
だがそれがおまえのミスとの引き換えなら、終わりにすることは痛くも痒くもないね。
リフレッシュ終了だ。つまりおれは、おまえを選んだってことさ」
鏡 夜「私を、選んだ?」
レイジ「そうだよ。さんざん選べと言ってただろ? だから、選んだ。決めた。
おれの仕事のパートナーも、恋人も、今後はおまえだけの役目になった。
小僧とは―――。 先月、決別したんだ。
性交渉の関係はもう終わった。今後は一切、ないから安心しろ」
鏡 夜「先月? そんなこと、全然、知りませんでした……」
レイジ「ほらな。やっぱりどうかしてたんだ。もう10月の2週目だぜ?
そんなことにも今まで気がつかないなんて、おまえらしくない。
そういうワケで、ボウヤとは元に戻った。いや、元って何なんだっけ?
別におれの友人でもなかったしな。ただのシックスティーズのバンドマンか?
そうだよな。そして、ピアノマンのお客様ってことだけだな。
だけどおまえの肩書は、今後レイジ様の恋人だぜ? 安心したか?」
鏡 夜「……私を恋人に? 私だけと、云いましたか?」
レイジ「云ったけど。ひとりだけってのも、この際いいかと思ってな……。
元来おれは、真面目な男だからな。ナルセみたいに不特定多数は似合わなかったんだ。
おまえには少し待たせたよな。でも待ってくれと云っていただろ?
だから、これが答えだよ。おれはおまえだけの恋人になる。
もうダラダラしてないで、シャキッとしようと心を入れ替えたんだ」
鏡 夜「もしかして、今夜の貴方は別人なんじゃないですか?
狸が化けているとか……? そんなこと、言うなんて、信じられない」
レイジ「狸じゃないけど? なんて顏してんだよ。ケッサクだぞ、鏡夜。
おまえにそんな顏ができるとはな。人間だったんだなぁ、おまえも。意外だ。
初めておまえのそんな人間らしい顏を見たよ。ふむ。ちょっと愛しいな」
鏡 夜「私にだって、感情くらいありますよ……」
レイジ「おれを信じろよ。本気で言ってるんだ。そんな顏するなって。
写真に撮ってスタッフに全送信っていう脅しネタに使えそうなくらいヤバイぞ。
じゃ、ハロウィンの予定も無くなったことだし、31日はおれと二人きりでデートしようか?
それとも一緒にシックスティーズのハロウィン・ナイトにでも行くかな。
きっと盛り上がるぜ? ドSのおまえには、最高の勝者の快感だろう?」
鏡 夜「それはだめです。貴方は、吉川社長のハロウィンパーティに出て下さい。
代理の人質は私が選んでおきますから。社長の気に入りそうな子がいますよ。
そう、代わりの新しい玩具は、やはり高性能でないとね」
レイジ「鏡夜……。おまえがやっぱり人間じゃなくて、安心したよ」
Photo/真琴さま
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