I Love You
But the words won't come



8月5日
サマーバケーション 1日目

異国の島にある別荘
一軒の白いコテージ
静かで近隣に緑と海辺と波止場
鳥の声と波の音 自然の囁きだけの避暑地
大きな窓のあるベッドルーム


登場人物:レイジ/マック




レイジ「……何時なんだ、いま」

マック「夜じゃねぇの。外が暗いし……来た時も微妙に暗かったけど」
レイジ「嘘だろ。どういう体力だよ。もうつきあいきれないからな」
マック「おれだけ? あんただって相当、好きな方だろ」
レイジ「もちろん、嫌いな方じゃない。けど限度があるだろ。ここに着いたの明け方だぞ」
マック「そんなに経った? じゃ、すげぇ充実した一日を過ごせたな。
    日本にいたら短時間で済ますんだから、こういう長い日があってもいいじゃん」
レイジ「何が充実した一日だ。リゾート地で貴重な一日を無駄にしただけだろ。
    ヤバいな。力が抜けて、立てない。信じられない。嘘だろ……」
マック「マジで? じゃ、寝てろよ。急くものも無いし。もう夜みたいだし。
    腹すいてない? なんかあるか?」
レイジ「キッチンになんかあるだろ。おれはいい。食欲なんかない」
マック「食わないとダメだぜ。あんた、もう少し脂肪つけてもいいんじゃねぇの?
    たまに骨っぽいとこ当たって、ちょっと済んだあとの抱き心地が悪い」

レイジ「じゃ、抱くなよ」
マック「嫌だ。終わっても、くっついてたい」
レイジ「勝手にしてろ」
マック「じゃ、いつになく枕トークでもしようぜ♪」
レイジ「……何について話すんだ?」

マック「あれ。珍しいな。話していいの? いつも疲れたから黙ってろって怒るのにさ」
レイジ「別に今は休暇中だからな。
    喋るのに疲れたら、断りなく勝手に無視して寝てればいいだけだ」
マック「仕事を休むってな重要だな」
レイジ「おまえ、初めの頃と比べたらずいぶん尖ったとこが無くなったよな、マック」
マック「そう? いきなりナニ? おれ、尖ってた?」
レイジ「尖ってたな。初めは喋らないくらい、尖ってたぞ」
マック「そうだっけ」
レイジ「覚えてないのか?」
マック「覚えてないというか、思い出したくない感じのほう」
レイジ「なんでだよ?」

マック「要するに生意気だったんだろ。なら別に思い出す必要ないじゃん」
レイジ「そう、生意気だったな。今もそうだけどな。
    しかも去年の夏頃から、腹が立つくらい生意気だったな、おまえは」
マック「去年か……。でも去年ならマシになってた方だぜ。場に慣れてきた。
    来たばかりの頃なんか、地元言葉がうっかりすると出たし、緊張してたし、黙ってたんだ。
    都会の人間にバカにされたら、やってく自信が持てないと思ってたから……」
レイジ「ああ、田舎者丸出しか」

マック「笑うなよ。本人にとっちゃ一大事だったんだからな。
    都会の花形バンドだ。敵ばかりだと思うだろ。今思えば恥ずかしい過去だよ」
レイジ「恥ずかしいか。おまえが、相当調子に乗ったふざけたヤツだと思ったのは、
    ナルセが他所のライブに浮気してる時、リンとおまえが、おれに暗殺依頼をしてきた時だな。
    去年の夏だよな、あれは。まだ去年の話なのか。……ずいぶん昔の気がするな」
マック「ああ、あったな、そういうこと」
レイジ「あの時は、本当に礼儀知らずの生意気でアホな小僧だと思った。
    確かにおれに対する威勢の良さは、イキがってる田舎者丸出しだったよな」
マック「……それ、忘れたい記憶のひとつなんですけど」
レイジ「そうなのか?」

マック「だって、皆がレイジは暗黒街のボスだって脅すから、正直あんたが怖かったんだよ。
    おれはそんなことでビビってるのを知られたくなかったから、息巻いてたんだ。
    あんたの冷笑って殺人的に怖いんだって」
レイジ「よくそんなので、このおれに突っ込んでこれたな。結局怖いもの知らずだろ、おまえ」
マック「あんたが誘惑してきたんだろーが。結果そうなったんだからしょうがねぇじゃん。
    あのさ、もっと初出会いの頃ならもう少しはマシだったんじゃねぇの、おれは?」
レイジ「さぁ。覚えてない。正直、おまえと初めて会った時の記憶は、あまりないんだ」
マック「えっ。ないの?!」

レイジ「おれがシックスティーズの新人なんか、覚えてるわけないだろ。
    きっと想像するには多分、ナルセがピアノマンに連れて来たんだろうな。
    ナオトの代わりの新しいベースだとか言って、ヤンキー上がりの田舎者クンを、
    この洗練されたピアノマンのオーナーに、わざわざ紹介しに来たと思う。
    どうせもうおまえとはやっちゃったあとで、新しい男をみせびらかしに来たんだと思った。
    犬や猫は戦利品をたまに主人に見せにくるだろ。あれだ」
マック「ナルセはあんたのペットかよ」
レイジ「顔はまぁ良いし、眼つきが野性的だから、ナルセの趣味だとチラリ思ったくらいの印象だったな」
マック「おれは覚えてるぜ。あんたは見た目からして、いけ好かないヤツだったからな。
    都会で用心深くなってるから、そういうのは感覚でわかるんだ」
レイジ「まぁ、妬まれるのはしょうがないな。良くあることだし、男の嫉妬には慣れてるよ」
マック「そうでしょうね」

レイジ「そうだ、おまえは確か挨拶したとき、敬語が話せなかったんだ。
    目つきは悪いし、ほぼ喋らないし、それで態度の悪い小僧だなと思った」
マック「確かに態度は悪かったよ。認めます」
レイジ「第一印象が最悪だから、それ以後、気にとめることもなかった。
    おれが興味のない人間は、いないのと一緒だ。存在しない」
マック「話せなかったんじゃない。話さなかったんだよ。……方言、出るから。
    都会人には舐められらくなかった」
レイジ「ああ、田舎者は虚勢を張りたがるからしょうがないよな」

マック「うるせぇよ。もういいだろ。以前のおれの話なんかしても面白くないだろ」
レイジ「そんなことはない。だいたい話をしろと言ったのは、おまえの方だからな。
    もっとおまえの恥ずかしい過去を思い出すから、ちょっと待てよ。
    基本的におれは記憶はいい筈なんだ」
マック「面白がってんな。クソ……。おれを辱めて楽しいのかよ?」
レイジ「もちろんだ。おれを辱めた礼は、きっちりしとかないとな」

マック「はぁ? 何が? 辱めたってナニ? 辱めてなんかないけど。
    ビックリするだろ。何のことだよ?」
レイジ「いいや。しただろ。おれがあんなに嫌だって云ったのに、
    最中に屈辱的な恰好をさせたじゃないか。おまえって本当にエロいよな。
    相当場数を踏んできたのか、研究熱心なオタクなのかどっちだ。
    恥ずかしくて死ぬかと思った。もう二度とゴメンだからな。
    あれは、ここへのゲストサービスだからな」
マック「大げさな。だってあれはさ、そのう、ちょっと場所が変わると新鮮だろ。
    大胆にもなっちゃうじゃん。それにあれは、柔軟でないとなかなかできないんだよ。
    あんたは意外と体が柔らかいし、その……レイジはいつも反応を抑え気味だろ。
    なんとなく不安になるじゃん、良くなかったのかってさ。いつも云うようですが。
    おれはアレすげぇ良かったんだけど……あんただって良かったんだよな?
    あの反応の限りでは、さ」

レイジ「それ以上おれを愚弄する気なら、鏡夜に暗殺指令を出すからな。
    別にいつも良くないわけじゃない。やたらと声を上げることに慣れてないだけ……
    ……ちょ……なんだよ? …………ん、」
マック「レイジ。頼むからこんなとこ来てまでアイツの名前なんかだすなよ……。
    …………はぁ、やべぇ。ヤバいな、コレ。何回目だっけ?
    また怒涛のように波が来たんだけど。おれ、こんなに体力あったっけか」
レイジ「キスくらいでどういう構造だよ。もうおれは無理だからな。あとは自分でしてくれ」
マック「えー、マジで?! そりゃないだろ! いいじゃんか。あと一回くらい。
    あんたがいるのに、自分でするって惨めすぎるだろ。な、もう一回だけ、いいだろ?」
レイジ「そうか。なるほど。おまえを辱めるのには、そういう方法もあるな。
    じゃ、おれの目の前で一人で恥ずかしい行為をして貰うかな、マック」

マック「げっ。やめてくれ、ガキの苛めみたいなこと言うなよ。
    うわ、最悪だ。おれの絶好調息子のテンションが速攻で下がってきた。
    ホラ見ろ、んな趣味ねぇから、萎えたじゃねぇかよ!!」
レイジ「それは好都合だ。暫くしゅんとしてな。
    これで安心しておまえの過去の恥ずかしい話が続けられるな。
    枕トークをしようって云ったのはおまえだぞ」
マック「ちぇっ。なんだよ。どうでもいじゃん、そんな話。
    何がそんなに楽しいんだよ。おれを笑いものにしたいだけじゃん。
    ……まぁ、いいけどな。こういうの、あんまりない気がするし。
    した後にレイジとダラダラ意味のないこと話すことなんか、普段ねぇもんな。
    おれはこれも楽しいかも。おっと、羞恥プレイは楽しくねぇけど」
レイジ「たまにはな。避暑地に来れば、日常を忘れることも大事だからな」

マック「そうだな。だけどホント、静かでいいとこだな……。
    日本と違って結構涼しいし、快適だよ。
    やっぱ国外別荘って金持ちは普通に持ってるんだなぁ。おれの知らない世界だ。
    なんか夢のおとぎの国って感じで、おれにぜんぜん似合わないけど」
レイジ「おまえがパスポートを持ってたことが、おれにはほとんど奇跡だけどな。
    ここは三つ目の隠れ家でね。
    様々なほとぼりが冷めるまで優雅に過ごす秘密の避暑地のひとつだ」

マック「三つ目ってのに突っ込むのはやめるよ。でも様々なホトボリって?」
レイジ「ヤバイ品をさばいたあとで一時避難したり、関係者を始末した時とか、だな」
マック「……百歩譲ってヤバイ品は聴かなかったことにできるけど、殺人は無理だぜ?」
レイジ「冗談に決まってる。人間を殺すほど、おれはダークサイドじゃないからな」
マック「良かった。本当だったら、さっさと逃げ帰るとこだった」
レイジ「本当なら見捨てるのか? おれと一緒に地獄へ道連れで死ぬくらいできないのか?」
マック「……マジで云ってる?」
レイジ「云ってない」

マック「だよな。だったら、死ぬより生きる話をしてくれねぇかな。
    あんたから死ぬとかいうセリフを聴くと、またドキッとするからさ」
レイジ「死ぬ話の方が、親近感があるからな。死神の友人がいつも見守ってるし。
    おまえ知ってるか? この屋敷はな、夜中になると淡い光がふぁっと……」

マック「う・わーーーー!!
    ゆ、幽霊の話は無しだからな! そんなのいるわけない!!
    絶対、信じないからな!!」
レイジ「ハハハ。いるわけないと云う奴ほど怯えるのはどうしてなんだろうな?
    けど、幽霊じゃない。おれに付きまとうのは死神だよ」
マック「冗談になんねぇんだけど。幽霊も死神も。
    もしかして……今もまだ死にたいとか、思うわけ?」
レイジ「どうなのかな。闇仕事を全て切り捨てたから、死は遠くなったはずだけど」

マック「ダークサイドを全部捨てたなら、あんたは今はすっかり正しい人間なんだろ?」
レイジ「闇と裏は違うんだ。同じラインに思えるだろうが、実際は危険性も全然違う。
    闇は捨てても、裏の仕事はやめちゃいないから、正しい人間とは言い難いが、
    心の話のことを云ってるなら、おれはいつでも清く正しい正義の人間だよ」
マック「裏の方は……何故やめねぇの」
レイジ「おれの天職だからな」
マック「ピアノマンのオーナー職は?」

レイジ「天職のおまけ」
マック「じゃ、本職なんじゃんか、裏こそが」
レイジ「本職がクラブオーナーでないと、体裁も都合も悪いんだよ。
    こういう仕事は隠れ蓑がいるんだ。
    それに裏の仕事だけなら余程のミスさえしなけりゃ、殺されることはないしな」
マック「……殺される? そんなヤバイ仕事だったのか?
    なぁそれって、警察に捕まるとか、そういう犯罪的な感じじゃないよな?
    あんたの裏とかいう仕事って。おれには全然想像つかないけど」

レイジ「さぁ、どうかな。仲介屋も使ってるし安全だろ。でもこの世界、疑わしきは罰せずだ。
    疑うなら初めから話には乗らない。皆が稼いで、誰も損しないし捕まらないのが基本だ。
    信用と目利きの仕事なんだよ。騙されるなら、自分が悪いんだ。
    ただ闇ルートは処分したから、命乞いをするような状況にはならないし安全だ」
マック「なんかそれマジ犯罪じゃんか……裏ってマジでそうなの?
    冗談とかじゃなくて? あんた捕まるんじゃないのか?」
レイジ「逮捕は別にたいしたことじゃない。証拠なんかでないしな。
    それより命の危険と隣り合わせだったことの方が、重要だろ」
マック「……ほら話なんだろ? 高級クラブオーナーの名の影で、死と隣合せだって?
    あまりにも現実離れしてる。全部、いや多少嘘だろ? ビビりのおれを脅かしてるんだろ」

レイジ「現実離れもするさ。おれは……ずっと死にたかったんだからな。
    命の危険なんかどうでも良かったんだ。早く死にたかった。
    だけど、危険が伴うお宝ハンターみたいに現場に出てくことはやらなかった。
    まぁ、そいいう体力勝負なことは、性に合わないのを分かってたんだ。
    だから時々現地で闇商談に立ち会って、最悪な事態が起こるのを期待してた。
    結局死ぬほどのことは起きなかったけど。うちの裏スタッフは優秀でな。
    これじゃ本末転倒で、もう少し間抜けを雇えば良かったと思ったよな。
    だから死ねないことにジレンマを起こして、睡眠薬を飲み過ぎたりして、
    妙なことを云い出す病人になって、ナルセに心配されたり怒られるのが、快感で癖になったのさ」

マック「―――どうして、だよ? どうしてそんなに死にたかったんだ」
レイジ「それを聴くのか?」

マック「……うん。教えてくれよ」
レイジ「生きるのが、辛かったからだよ」
マック「……どう、して」
レイジ「生きてる意味が無かったからだ」

マック「…………」

レイジ「どうして、だろ? 聴くんじゃないのか?」

マック「いや。えっと……。やっぱ、いい。いいわ。ゴメン。
    おれ、ちょっと……そう……まだ無理っぽい。もう話さなくていいよ」
レイジ「なんだよ。まだノミの心臓は鍛えられてないわけか。まぁまだ早いよな。
    そっちの下半身ボウヤのバロメータテンションも下がっちまったようだぜ。
    ソレ、たぶん復活しないだろうな。無理だな。できそうにないな。
    男はメンタルにナニが直結するからダメだよな、そういうとこ」
マック「うん。無理だな。悪いけど、ちょっと当分はセックスできないかも」

レイジ「なんだよ。どうしたんだよ?」
マック「……別に」
レイジ「自分で聴いといて、不機嫌になることないだろ」

マック「だってしょうがないだろ。チャレンジしてみたら、やっぱり駄目だったんだ。
    だいたい今さら生きてる意味がないとか、もう死ぬ気がないなら云わなくていいだろ」
レイジ「この話はおまえが訊いてきたんだ。逆ギレする気か?
    おれがセックスのあと、話すのを嫌がる理由がわかったかよ。
    こういうことになるんだよ。おれはまだ、死ぬ話の方が精神が近いんだ。
    だから待てって再三言ってるのに、おまえはいつも後先考えず、
    無邪気な子供みたいに遠慮なく訊いてくる。おれは子供は嫌いなんだよ。
    結局最後にほらみろってセリフ、言われるのは腹立たしいくせにな」

マック「だったら、正直な話なんかしなきゃいいんだ。
    もっと差し障りのない、関係ない、上辺だけの適当な話をすれば―――」
レイジ「そういう話をした方がいいのか?
    おまえは誤魔化されるのは嫌いだと思ったんだ。
    嘘の方が、おれとしては得意だ。いいぜ。今後はそうするか?
    だったらお互い気持ちよくセックスだけできるよな」
マック「いや……それもちょっと。嘘はいやだ。
    上辺だけの誤魔化しの話なんか、それこそ聴きたくねぇよな。
    はー、分かったよ。
    あんたはおれにちゃんと正直に心情を話してくれてるんだよな」

レイジ「さぁ、どうかな。
    実は正直に云ってる振りをしてるだけで、同情を引こうってセコイ考えなのかも」
マック「ぜんぜん同情なんか引けてないだろ。むしろおれが不機嫌になっただけじゃん」
レイジ「それはおまえの性格が悪いからだ。想定外だった」
マック「おれ、性格悪いのか?」
レイジ「じゃあ、わざとおまえを不機嫌にさせて、おれがこの関係を断ち切ろうとしてるか、だな」
マック「……そうなのか?」
レイジ「だったら、どうする?」

マック「どうもしねぇよ。そうしたい?
    あんたがこの関係を止めたいなら、おれはそうですかって云うしかない」
レイジ「云うしかないのか?」
マック「ないだろ。もし嫌だと言ったら、あんたの考えが変わるわけか?」
レイジ「変わるかもしれないと、おまえは以前、云わなかったか?」
マック「……どう、かな。思いたいし、いつもなら思うけど……。
    ちょっと、今は……どうなのかな。わからなくなった。
    おれは……あんたにまだ愛されてないわけだし」
レイジ「おまえは? おまえはどうなんだよ」

マック「おれ? おれがなに? おれはそんなの決まってるだろ。今さらなんだよ?
    何度も云ってんじゃんか。おれはあんたに本気だって再三云ってる」
レイジ「本気って何だよ」
マック「ああ? 本気の意味? そんなの辞書引けばいいだろ。真剣とかじゃねぇの」
レイジ「バカなのか。そんなこと、訊いちゃいない。誰が言葉の意味なんか訊くかよ」
マック「じゃあ、あんたは何を訊いてんだよ? 何が知りたいんだ」
レイジ「何って……。……さぁ、何だろうな?」
マック「はぁ?」

レイジ「もういい。何が聴きたいのか、分からなくなった。
    余計なことを話したせいだな。混乱した。もう寝ようぜ。話し疲れた。
    おまえのしつこさにはギブアップだ。元気が無くなったのならちょうどいい」
マック「まてよ。勝手に寝させると思うか?」

レイジ「さっきと態度が違うじゃないか。もう当分、無理なんだろ?
    ちょっと……待てよ。おまえはどうして、そう単純なん……?
    おい何してる……やめろ、マック、放せよ、やめッ……!」

マック「―――レイジ。
    おれは、ずっと、云ってるよな?
    あんたとセックスしてる最中にずっと、ずっとずっと云ってるんだよ」
レイジ「なにが……だよ、冗談はいい加減にしろ、何のマネだ。放せと云ってる、だろ……」
マック「聴いてないのはあんたの勝手だけどさ、そんなの今さら言わせて何なんだよ?
    ムカッ腹が立つんだよ。駆け引きめいたことなんか、おれには向いてない。
    単にセックスの枕詞みたいに、お決まりのセリフをおれが云ってるだけだと思ってるのかよ?
    そんなことは取るに足りない、本気にしもしてない戯言だってことかよ?
    なぁ、今までそんなふうに思ってたのかよ? なぁ? そうなのか?」
レイジ「何を怒ってるんだ……。う……あっ……や、めろって、痛いだろ、バカ!!」
マック「やめねぇよ。ただ熱に呑まれて浮かれた戯言を言ってるだけだと思ってたのかよ?
    チャラけた適当な言葉だと思ってるのかよ? 気に留めるようなことじゃないかよ?
    なぁ? どうなんだよ? あんたに入れるのは、おれだけなんだろ」

レイジ「――――!ッ…… ……!!」

マック「レイジ……そんなに苦しそうな顏、しないでくれ。
    辛くなる。嘘でも良いって云ってくれよ。そんなにおれはあんたに値しないのか?
    …………好きだ。あんたのこと、おれ、メチャメチャ好きなんだ。
    どう言えば良いのか分からないくらい、言葉にならないくらいなんだ。通じてないのか?
    本当に分かってないのか? ちゃんと聴いてろよ、好きだ、好きだよ、好きなんだ!
    今まで何度も最中にしつこく云ってるってのに、何で忘れちまうんだよ?
    何故、今さら訊くんだよ? 改めて訊く必要なんかないだろ。
    いつだって、何回だって、云ってるじゃないか。

    ―――レイジ、愛してるんだって」












★★☆

レイジ「……ッ、クソ……。ったく冗談じゃないぞ。拘束プレイは許可してないからな。
    今度こんなことをやったら、本気で首の骨を折るぜ」

マック「首って。あんた必殺仕事人かよ」
レイジ「もしくは、指を折る。そうだ、指だ」

マック「ピンポイントでリアルなんだけど。怖いんですけど。
    ベーシストの指を狙ってくるとこがモノホンっぽいんですけど。
    だって、しょうがないだろ。ちょっと頭に来ちまって……あんたのせいだからな」
レイジ「おれのせいだと? おれの言葉にかっとして暴力を振るう性癖があるなら、関係は終わりだ。
    ちゃんと謝れよ。場合によっては裁判沙汰だからな。傷害事件だ。
    それに、おまえがここまで怒る意味がまったく不明だ」
マック「何でだよ? おれが怒ってる理由が分からないってのか?
    あんたが、今さらおれはどうなんだ、とか言うからだろ!!
    何回も言ってるのに覚えてないあんたが悪いんだろ、反省しろよ!」
レイジ「ふざけんな。おまえが反省しろ。傷害から強姦罪に変更するぞ。
    いいか。何故おれが覚えてないのか教えてやるよ。
    おまえの言うことなんか、真実味がないんだよ。まったくないね。
    毎回、安売り加減に呆れて、おまえの酷い睦言の記憶は締め出すことにしてる」

マック「ひでぇ。安売りってどういう意味だよ」
レイジ「言い過ぎなんだよ。好きだ好きだ愛してるってひとつ覚えの九官鳥か? バカなのか。
    語彙が少ないのはバカだよな。インコでももう少し味わい深いセリフを喋るぞ。
    迷子になったら住所番地まで喋るんだからな。おまえは鳥に弟子入りしろ」
マック「おれだって、迷子になったら住所くらい喋るわ!!」

レイジ「鳥と張り合うトコでおまえはもうダメなんだよ! センスの問題だ、バカ!」
マック「はいはい。センスね。告白のセンスがなくて本当にスイマセンね。申し訳ないです。
    バカバカ云わなくても、おれがバカなのは自分でも知ってるんだよ。
    基本的におれは、洒落た口説き文句を云って性交するような人間じゃねぇんだ。
    こういう恥ずかしいのは、沢山なんだよ。今さら素面でそんなこと訊いたりするなよ。
    肝心な一言は、いつもちゃんと最中に云ってるんだ。そこで聴いとけよ」

レイジ「それがキモイって云ってる。しかも単純すぎる。いいか、最中は黙ってろ。
    てか基本、おまえは黙ってろってセリフをおれに何回、言わせるんだ?
    たいがいおれも我慢の限界だぞ。おれは本来、気が短いんだ」

マック「ああ、またキモイですか。黙ってろですか。黙ってりゃいいですか。
    ハイハイ、じゃあもう二度と言いませんよ。云いません。
    その変わり、おれの気持ちなんか、もう絶対に聴かないでくれよな。
    聴いてない云われると、無性に腹立つからな」
レイジ「やってる最中にしか云わないなんて、真実味があるかよ」
マック「なんで? だからこそあるんだろ。普段になんかハズイから言えないだろ。
    おれは情熱イタリア男じゃないですから」

レイジ「ちがうね。本当には思ってないから云わないんだろ。
    ただセックスが良すぎて、その時はでまかせを云ってる。
    最中の熱に浮かされて、朦朧とつい口が常套句を唱えてるだけだ。経文みたいにな」
マック「何だよ、それ? 蒸し返す気か? おれは坊さんじゃねぇよ。
    そんなの思ってないのに云うわけないだろ。どんな奴と付き合ってきたんだよ、あんた。
    逆上せてる時こそ、おれは正直に言えるんだよ! そうじゃねぇのかよ」
レイジ「そんなストレートに言われても、逆に恥ずかしいだろ」
マック「恥ずかしいよ! でももうセックスて行為自体が本来、恥ずかしいだろ。
    あんただって、恥ずかしい恰好させられたって、怒ってただろが。
    本性出るし、みっともないとこ晒しあう行為なんだって、だから言えるんだ」
レイジ「恥ずかしいなら尚更よくペラペラと、愛してるなんてセリフが云えるもんだよな」
マック「だから。これ以上の恥ずかしいことがないから、思い切って照れる言葉も云えるんだ。
    んなの普段の生活で、面と向かって愛だの何だのあんたに云えるかよ?
    それにおれが素面でそう言ったって、どうせ鼻で笑うんだろ?」

レイジ「笑うよ? 笑うに決まってる。失笑だ」

マック「……だろ。冷凍庫のペンギンみたいな、あんたの冷たい反応を考えただけで、恐ろしいよ。
    おれはナイーブなんだよ。マジで云ってそんな仕打ちに耐えられるわけがない。
    でもやってる最中なら、あんたは鼻で笑わない。そんな余裕は、ないからな」
レイジ「鏡夜はイタリア人じゃないが、普段から云うぜ? おれの冷笑にも全然平気だ」
マック「おれは言いませんし、平気にはなれません。あのひととは違います」
レイジ「分かった。結局は羞恥ついでの自己陶酔なんだと思っておくよ」
マック「どうぞ。あんたがもうそう思いたいなら、そうしてくれ。もう寝る……」

レイジ「怒ったのか?」
マック「別に。眠くなった。もう疲労困憊だ。喋りすぎた。
    ……酷いことして悪かったよ。もう二度と強姦みたいな真似はしないから許して。
    告訴なんかしないで下さい。シックスティーズをクビになる。それは困る。
    お願いします、レイジさまさま。ごめんなさい。何でもします」
レイジ「告訴はしないけど、今後そういう刺激がいるなら、強姦プレイもたまには構わないぜ。
    ただし、おれの合意のもとでないと困るがな。SMにはルールと流儀があるんだ」
マック「おれは嫌です。もう二度とあんなことしない。あんた、本当はMなんだろ」
レイジ「長いこと自暴自棄だったからな。Mにもなるな。おれはまだ生きる理由を持ってない」
マック「今頃から生きる理由を考えるなら、まず自分を大事にしろよ。あんたが子供だ。
    ものごとは、そっからなんだよ。自分を蔑ろにして、他人を愛せるとか思うなよ。
    あんたは、愛が気薄な冷たい人間なんだ。それを自覚してから前に進めよ」

レイジ「豪ちゃんみたいなセリフを言うなよ。意見されるのはうんざりだ。そういや豪は元気かな」
マック「だれ? ナルセの彼氏か? いつ帰ってくるんだ? ナルセはこの休暇にまた渡米だろ。
    毎回のとんぼ返りで、うちのボーカルはそのうち倒れるぞ……なんとなく、ナルセは最近ヤバイ」
レイジ「そうか? でも大丈夫なんだろ。もうすでに頭がショートしてるからな。
    とんぼ返りも全然苦じゃないらしいし、行けば愛しの豪に会えるんだからな。
    相思相愛、羨ましいことだよ。早く引き裂いてやりたいよな。
    …………マック? もう寝たのか? おやすみ」

マック「お休みなさいましそよぉ……」

レイジ「それは何語だ。ハングル語か?」
マック「ハイクオリティなジョークだよ。お休みなさいませませよ」
レイジ「おまえって本当に……。やめた。せめて良い夢みな、ボウヤ」

マック「もうこれ以上は、見れない」




Photo/真琴さま

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