Because


4月28日 AM02:00
ピアノ・マン バーカウンター

登場人物:マック/レイジ



マック「なぁ、本格的にゴールデンウィーク突入だよな」

レイジ「そうだな。早いところは今日からだな」
マック「レイジ、旅行しようぜ、旅行。温泉宿でゆっくりして、だらだら過ごそう。
    GWは、やっぱ温泉に限るな。そう思うだろ?」       
レイジ「この庶民の黄金週間、シックスティーズが休業なんて、正気の沙汰か?
    王道外しのピアノマンでさえ、この時期は揉み手で営業するんだぜ」
マック「まさか。シックスティーズは休みませんよ。もちろん」
レイジ「まさか、おまえが休みをとったんじゃないだろうな?」

マック「とってませんよ。そんなことしたら、ナルセにぶっ飛ばされる」
レイジ「それでどうやって温泉へ行くんだ」
マック「行けませんよね。そうです。無理です。ただ言ってみたかっただけなんで。
    普通の恋人同士みたいに長期休暇に浮かれて、二人で旅行温泉に行こうよって
    セリフを言って、そんな浮ついた話をしてみたかっただけ。妄想です」
レイジ「相変わらず意味のない寝言が得意だな。妄想話に付き合い切れるか。
    だけど訂正しておくが、恋人同士じゃないからな、我々は」
マック「そんなこと分かってますぅ。妄想なんだからいいだろ。
    でもどういうの? おれたちみたいな関係は? 呼び名がいるだろ。
    セックスしてる友人同士かよ? おれらって友人なワケ?」

レイジ「友人とも言い難いな。おまえを友人にしてやった覚えがない。
    云うなら、時々セックスしてる知人同士、くらいじゃないか?」
マック「そんな関係、この世にあるのかよ!
    ひでぇ。セフレですらないのか。知人は他人行儀すぎるだろ、いくらなんでも。
    せめて恋人未満とかにならねぇかな?」
レイジ「未満てなんだよ。冗談でもやめてくれ。そんなもの却下に決まってる。
    だいいち恋人って単語がもうアウトだな。気持ち悪い。キモイ」
マック「キモイって。あのな……。あんたホント、容赦がないよな。
    どういうことだよ。だったら本当は嫌だけど、愛人でどうだよ」
レイジ「愛人も無理。愛人て感じか、おまえ? やめてくれ。
    おれの歴代愛人コレクションのレベルが下がるだろ。却下だ」

マック「はぁ、旅行も行けない、GW中も会えない、コレクションの敷居が高くて
    愛人の呼称も貰えない、この関係はただのカラダが知ってる人かよ。
    あ、でもなんかエロい気がするな、この表現」
レイジ「じゃ、それにしよう。体が知ってる同士だ。確かになんかエロいな。やめるか」
マック「いいんじゃねぇの。どうせやってるこたエロいことなんだし。
    はぁ。何だかつまんねぇ人生だよな、おれ。こんなんで良かったのかな。
    違う気がする。おれさ、この際もう恋人を作ろうかな?
    正規の恋人を作って、あんたのことを度忘れしようかな」
レイジ「どうぞ? 恋人を作れば?」

マック「…………止めても妬いてもくれないわけなんですね」
レイジ「何でおれが妬くんだよ。恋人を作りたいって言われて止める理由がないだろ。
    おかしなことばかり言ってないで、もう帰ってさっさと寝ろよ。
    明日からGWなんだろ。しっかり体を休めておいた方がいいぞ。
    だいたい何でこんな時間、店にわざわざ来るんだよ、おまえ」
マック「あんたと話したいからに決まってる」
レイジ「昨日、おまえの部屋で会ったじゃないか。用があるなら昨日話せよ」

マック「ふざけんな。昨夜がぜんぜん何も話せてないから来たんだろ。
    済んだあとは話すのイヤだって、面倒で疲れるって云うから、
    わざわざ出直して、あんたが疲れてないときに来てるんじゃないか。
    おれの苦労と努力が、これじゃ報われなさ過ぎるだろ」
レイジ「あのな。わざわざ出直して貰って悪いけどな。
    こんな深夜のご訪問じゃ、もうレイジさんはお疲れになってますよね、普通。
    店だって、もう閉めたいんだけどな」
マック「そうなの? お客さまがいるのにクローズにする気か?
    だっておれ、深夜過ぎまで仕事なんだもん。こんな時間しか来れないだろ」

レイジ「……おまえって。本当にアレだよな。アレだ」
マック「アレ? アレってなに?」
レイジ「だからアレだよ。ふさわしい言語が見つからない時に使う便利用語だよ」
マック「いや、それって忘れたときによく使う、度忘れ代用語だろ?」
レイジ「そうか? おれの認識では違うな。
    呆れてものが言えなくなった時に、バカ以上だってことを云うのも悪いから、
    相手を傷つけないときに使う、便利で優しい大人の気遣い言葉だ」

マック「そんなハズねぇだろ。つーか、どういう意味だよ、それ」
レイジ「恋人を作りたければ勝手に作ればいいだろ。おれに断る必要なし」
マック「作ったとして……あんたそれ以降も、おれと寝る?」
レイジ「寝るよ? おれはな。そんなことは気にしないからな」

マック「気にしないのか? おれはイヤだけど。気にする」
レイジ「何を気にするんだ?」
マック「恋人がいるのに別の奴と寝るなんて、恋人に対して気が咎めるってこと」
レイジ「じゃあ、おれとの関係を切ればいい。恋人ができたからで終わりだろ。
    おれと寝るのをやめればいいんだ。簡単じゃないか。恋人を大事にしろ」
マック「あんたそれでいいのか? レイジ」
レイジ「いいよ? おまえが寝たくないんじゃしょうがないからな。泣いて諦める」

マック「泣いて諦めるって……よく言うよ。諦めるほどの執着もしてくれてないくせに。
    じゃ、泣いてみせろってんだよ。適当な嘘つくなよ。
    でも簡単に言ってくれるよなぁ。そうなのかよ。そんな感じかよ。
    要するにそれを実行しても、困るのはおれだけってことか。
    そうかよ。わかった。よくわかりました」

レイジ「何が分かったんだよ」  
マック「おれのとるべき道のこと」
レイジ「どうするんだ?」
マック「何も? どうもしませんよ」
レイジ「恋人は作らないのか?」
マック「作りませんけど」

レイジ「なんで?」
マック「あんたが良いからに決まってる」
レイジ「ああ、皆そういうよ」
マック「……みんなって?」
レイジ「オーナー様はモテるので、過去のベッド関係者だな」
マック「茅野とか?」
レイジ「キョウは過去じゃない」

マック「あんた茅野とも寝てるんだっけ。他には? 他に誰とやってるんだよ?
    この際、訊いておこうかな。恨みのリストを作るから」
レイジ「ナルセの愛人じゃあるまいし、リストができるほどはいない。
    別におまえに話さなきゃならない必要はないけど、今は二人だけだな。
    厄介な二名だからな。これ以上は精神力が持たない」
マック「茅野も厄介なの? つーか、おれのどこが厄介なのよ?」
レイジ「厄介だろ。会った次の日まで押しかけてきて、話そうっていうんだから」

マック「なぁ。おれがアンタのこと独り占めにしたいと思ってるの、知ってる?」
レイジ「だから、そういうこと言うなよ。ウザい」
マック「ごめん。ちゃんと知ってるのかなと思って」
レイジ「知ってるだろ。しつこいんだよ。何回も確認するなよ。
    おまえがおれを好きなことも、欲しいと思ってることも、知ってる。
    おまえの恋愛癖からいえば、それはちゃんと解ってる。
    だけど、その手の質問で、おれを困らせるなとも言ってあるだろ」
マック「分かってるよ。怒るなよ。そんな何回も言わなくてもいいじゃん」
レイジ「何回も言うのは、おまえだろ?
    分かったっていいながら、何度も同じことをおまえが言う。
    何度も何度も何度も、同じことを、おまえがおれに言わせるんだよ!」

マック「声、でかいですよ、オーナー。ちゃんと聞こえてますよ」
レイジ「本当におれが云ったこと、ちゃんと理解してるのか、おまえ?
    解らない時は解らないときちんと云えよ? 先生も教え方を考えるだろ。
    どうも永遠に同じ会話をループしそうな気がするんだがな……」
マック「わかってるって。わかってるよ。わかってるんだけど……。
    ついつい、あんたと話してると、そういう方向になっちゃうんだよ。
    だけどやっぱり、おれの気持ちを知ってても、そういう反応なのか。
    ならどうしようもないな。日々、まだ変化はないんだ。
    じゃあさ、茅野とおれ、どっちのベッドの居心地が良い?
    それくらい聞いてもいいだろ? これもダメ?」

レイジ「はー。おまえはホントにその手の質問が好きだな。呆れる。高校生か。
    もうセックスを誇示する歳でもないだろ。後半ならエロ爺の領域だぜ」
マック「だって、結局、それが一番はっきりしてて、分かりやすいだろ」
レイジ「カラダだけの関係だと嫌だとか、文句を言うくせに」
マック「当たり前だろ。おれは風俗の代わりじゃねぇぞ。
    あー、本当虚しいなぁ……。伝わってるのに、こんなに素っ気ないとは。
    あんたはさ、ちょっとくらいおれに気持ちはあるんだよな?
    そこは都度ハッキリしておきたいような……それもダメか」

レイジ「答える必要なし。すでに云ってあることですべてだ。
    おまえの立場は石ころで、関係はカラダの知人だ。それ以下も以上も今はない。
    間違っても鏡夜の前で、おれのことをわがモノ顔して言ったりするなよ」
マック「いいませんよ。思ってもないし言わないけど、もし言ったらどうなる?」
レイジ「殺される。しかも暗殺だ」

マック「マジで? 茅野ってそういうタイプ? 死んでも絶対言いませんよ」
レイジ「よし。死守しろ。大変なことになるからな」
マック「はぁ〜、しばらくの間、本当にあんたに会えねぇんだな。
    マジ辛い。もうGWなんざ、無くなればいいのに。はぁ〜」
レイジ「何なんだ。いい加減、野郎のため息はウザいからやめろ。
    ピアノマンは、美女のため息しか許可してないんだ」
マック「なんだよ、それ……」
レイジ「GWも平日も、別に今迄と変わらないだろうが。
    シックスティーズやバンドマンには、普段と同じことだろう?
    おまえGWには、毎年そんなにナーバスになるのか?」

マック「ならないけど、今年はなるんだよ。あんたのせいで。
    でもGWは普段と同じじゃねぇよ? 変わるんだよ。客層が違うんだ。
    いや、同じ客でさえも、醸し出す雰囲気が違うんだ。
    連休中に来る客は、初めからみんな寛いでて楽しそうで、幸せそうだ。
    恋人や家族や友人と一緒に揃って仲良く来るだろ。みんな顏が違うさ。
    わかるだろ? 明日仕事があるって苦々しい暗い顏は、誰もしてない」
レイジ「ならハッピーじゃないか。人の幸せを妬むのはよくないぞ」

マック「そうだけど。おれは幸せじゃなくて虚しいだろ。長い期間会えないんだから」
レイジ「長いって、一週間くらいだろ。今が驚くほど会いすぎなんだよ。
    そのうち寝不足でステージに立ってでもみろ、ナルセに逢引禁止令を出されるぞ」
マック「ナルセは恋人に自由に会えないから、おれに八つ当たりしてるんだよ。
    去年までは、こんなふうに感じなかったのにな……はぁ〜」

レイジ「ステージ、観に行ってやろうか」

マック「えっホント?! マジで?! やった!!」
レイジ「鏡夜と一緒に」
マック「あんた悪魔かよ。だったら来んなよ。悪夢だ。最悪……。
    アイツと一緒に来たら、あんたシックスティーズを出禁になるぜ」
レイジ「はぁ? どうしてだよ」
マック「どうして? 決まってるだろ、おれが失敗やらかすからさ!
    あんたが茅野と客席でイチャイチャしてて、おれが演奏できるか?!」
レイジ「できるだろ。しろよ。プロなんだから。どうせ暗くて客席は見えないだろ」

マック「あんたのことは分かるよ。おれはナルセみたいに冷たい機械人間じゃねぇんだよ。
    そんなん見て動揺したボロボロのベースの変なリズムを聴きたいか?
    ステージがメチャメチャになるぜ。高音ベースとかどうだよ? しまらねぇだろ。
    ナルセが絶対、あんたに文句を申し入れるねっ」
レイジ「なんだよ。おまえの失敗は、おれが悪いのかよ?
    だいたい最近ずっとそうなんだ。どうなってるんだ。
    ナルセとリンの奴、マックの体調が悪いとおれのせいにして文句を言うし。
    だいたい、いつの間にリンまでが知ってるんだよ? 言いふらしてるのか?
    おれは関係ないからな。おまえが勝手に、張り切ってるだけじゃないか」
マック「張りきってるって……やだな。下ネタですか?」

レイジ「バカ相手に話さない」
マック「おれは言いふらしてないけど、背中を預けるドラマーには分かっちゃうんだよ。
    それにだって、あんたがおれをそうさせるんだから、しょうがないじゃん。
    ある意味、正解だよ」
レイジ「全ておれのせいだって云うのかよ? 冗談じゃないぞ。
    やっぱりおまえは、ちゃんと正式な恋人を作った方がいい。
    イチャイチャするのが好きなヤツでも選べよ。そうだ、そうしろ」

マック「そんなこと言うなよ。あんたがそれを言っちゃ駄目なんだ。
    あんたがおれに言われて困るセリフがあるように、
    恋人を作れなんてあんたに言われるのは、おれにとっちゃ最悪なセリフなんだよ。
    おれが自分で言うのとはわけが違うんだ。凄く嫌な気分になるだろ。
    そこ、あんたは分かってんのかよ?」
レイジ「うるさい。おれに説教じみた言い方すんな。ムカつく。年上には敬意を払え。
    だいたいおまえが言い出したんだろ。まったく腹の立つ小僧だ」


マック「シックスティーズのGWは盛り上がるよな……。
    この期間は毎日満席だし、フロアは人で溢れるし、誰もが凄く楽しそうだ……」
レイジ「良かったな。おまえ以外は楽しそうで。皆が羨ましいよ。
    おれもバカみたいにシックスティーズで踊って、シガラミを忘れて楽しみたい」
マック「そうなの? そうなら来ていいぜ。レイジが楽しみたいなら、しょうがないもんな。
    茅野と一緒に来ていいよ。おれが我慢すりゃいいんだから。
    あんたはストレスを溜め過ぎるから、急に倒れて入院するハメになるんだ。
    日々のメンタルヘルスに、もっと気をつかうべきだ」
レイジ「一緒でもいいのか。鏡夜と」

マック「いいよ。発散したいんだろ? 茅野と楽しんで笑って帰ればいいじゃん。
    シックスティーズを出る時、やな顏して帰るヤツはひとりもいないぜ?
    結局、そうなんだよな。おれの仕事ってさ。
    人が幸せになることを提供できるなんて、本来なら気分良いはずなんだよ。
    虚しくなる理由なんかないし、やりがいのある仕事なんだよ、本当は」
レイジ「急に悟ったのか? まぁそういう仕事につけるのは、人生でも恵まれたことだ。
    誰もがディーセントワークに就けるわけじゃないんだからな。
    文句言ってないで感謝すべきだ。大抵の奴は、そんな幸福な仕事にはありつけない」

マック「感謝はしてるよ。好きな音楽で毎日仕事ができるなんて、申し分ないさ。
    でも贅沢でも、単調な毎日だなって思うことはあるだろ。
    特にうちのバンドは、昔と同じ音ってのが売りだから、変化に乏しいし。
    曲に斬新なアレンジは多くは無理だし、マンネリしてきて刺激がないだろ」
レイジ「オールディーズだからな。あまり曲調が変わるのは良しとはされないんだよ」
マック「だよな。シックスティーズにくれば、いつも懐かしくてホッとするってイメージだよな」
レイジ「まぁ、おまえのMCが微妙だけどな。そこが斬新じゃないか」

マック「いいだろ。あれはあれで良いって客も多いんだよ。おれにはあれしかできないし。
    だからたまには野外ライブをしてみたり、あんたの店で対バンしてみたり、
    そういう企画ものは、刺激があっていいんだ。ストレスを発散できる」
レイジ「バンドマンの退屈しのぎのために、一役買ったわけだな、おれは」
マック「あれも気まぐれなんだろ? ナルセがそう云ってた」
レイジ「違うな。様々なことの緻密な計算による。おれは面白いことが好きな男でね。
    面白い人生にありつけるなら、どんどん試行錯誤する」
マック「面白がって、他人の右往左往を腹かかえて笑ってるんじゃねぇの」
レイジ「そんな品のないことはしない。冷静に面白さを観察している感じだ」

マック「じゃ、冷笑だ。あんたが得意な。バカな人間を見下してる。おれに対するみたいに」
レイジ「クールと言って欲しいな。おまえを見下してなんかいない。相手にしてないだけ」
マック「そういう嫌味なとこ含めても、あんたが良いんだな、おれって。
    ありえないよな。何がいいんだ? もうこれって一種の病気なのかな……」
レイジ「どういう意味だ。人を細菌みたいに言うな。本当におまえは腹の立つ奴だ。
    あと一回でもおれをムカつかせたら、今後、一切口をきかないからな」

マック「なぁ……あんたさ、本当に面白いことが好きなら、もう一役買わないか?」
レイジ「マック。前から云ってやりたいと思ってたんだがな。
    急に話題を変える時は、それはさておきとか前置きに何か言うものだぞ。
    やりたい放題のおまえのMCが、シックスティーズ以外で通用すると思うなよ。
    それで、それは何の話だ? ビジネスの話なら聴く」

マック「実はさ、6月に有志で簡易ライブをやるんだ」
レイジ「簡易ライブ? シックスティーズは休みなのか?」
マック「そう。シックスティーズは貸切なんで、その日のバンドは休みなんだ。
    だから仲間内でのセッションライブ感覚で、趣味の延長みたいなの、やるんだ。
    一応、チケット制で客は呼ぶけど、チケ代はほとんど店や機材レンタル料とかに
    当ててな。必要経費以外、出演者はノーギャラでさ」
レイジ「素人みたいにケチな道楽だな。誰が出るんだ?」
マック「セブンレイジィからは、おれとリンとヘミで、あとアキラも一緒にやる。
    この企画を立てたのは、ジュウリなんだ。セブンレイジィの元歌姫な」

レイジ「へぇ。懐かしいな。ジュウリは元気か?
    最近店にも来ないと思ったら、そんなことをやってたのか。
    そういえば、今はフリーで歌ってるんだっけな」
マック「ああ、元気に姐御肌は健在だよ。あちこちで歌ってるし。
    おれはセブンレイジィで一緒に演った期間は短いけど、
    姐御には色々バンドのことや、都会の業界のことを教えて貰ったんだ」
レイジ「ジュウリはおせっかいだからな。
    意外と几帳面で世話焼きのおまえとも気が合うんだろうな」

マック「ちょっと鈍感だけど、しっかりしてて良い女だよな。
    姐御って云うと怒るけど。ジュウリがリーダーだから、おれらも気が楽なんだよ。
    ジャンルはオールディーズで、でも演奏する店がまだ決まってないんだ。
    一応、シックスティーズの面子が三人だし、あんまり変な店ではできないだろ。
    だからこの際、ピアノマンでやれないかな? そしたら店長だって、嫌な顔しないしな」
レイジ「冗談だろ。そんなジャンクなライブは、どこか他所の安ライブハウスでやれよ。
    うちは高級ナイトクラブだぞ。許可なんかできるか」
マック「でもバトルライブの時は、貸してくれたじゃん」

レイジ「あれはシックスティーズの店長と、アルーシャの三浦さんにも頼まれたからだ。
    第一、ナルセのために貸したんだ。ナルセは今回不参加なんだろ?」
マック「そうだけど。ナルセはギャラが出ないならやらないってさ。
    案外あいつ、守銭奴なんだな。金に興味なさそうなのにな」
レイジ「違うさ。お遊びならナルセさまの歌は、提供しないってことだよ」

マック「はぁ? 同じだろ? プライドってやつか? 相変わらずお高い野郎だな」
レイジ「プライドだけの問題じゃない。対価報酬ってことさ。プロなら当然。
    一方通行はどこかに歪が出るし、あいつはプロ生活が長いからな。
    メリナは? あの天然の歌姫ちゃんも、やらないのか?」
マック「メリはこういうの好きだけど、ライブの日はもう用事を入れてあって、
    途中参加になるから、辞退するってさ。
    用事が済んだら、絶対遊びに来るとは言ってたけどな」
レイジ「そうか。楽器屋と違って、ボーカル陣は価値観が難しいのさ」

マック「ちぇっ、なんだよ。まるで楽器屋が、安物売りみたいに言うなよ。
    休日に楽しんでやるんだから、別にそれくらいいいだろ。
    たまには趣味で音楽もしたいんだよ。仕事の音楽も楽しいけど、
    どうしても仕事っていう責任感と緊張があるからな。
    違うメンバーで演る機会なんかそうはないし、刺激にも勉強にもなるし、
    半分遊びで客と一緒になって、楽しくハッピーにやるってスタイルなんだよ」
レイジ「ふうん。チケット代は取るくせに、遊び半分とは軽視したもんだな」

マック「そういう言い方すんなよ。別に客を舐めてるわけじゃねぇよ。
    企画主のジュウリは、シックスティーズの元歌姫だぜ?
    それに男性ボーカルは、クラブアルーシャも偶然店が貸切らしくって、
    そこのボーカルが参加するし、どっちにもいたアキラはかなりの人気だ。
    それだけでも金をとる価値はあるだろ?
    ライブなんかバックメンバーは所詮黒子で、要はフロント命だろ」
レイジ「へぇ、あの麗しいボーカルのにーちゃんも出るのか。サワとか言ったな。
    ナルセが一度、豪を盗られるんじゃないかと嫉妬の炎を燃やしてた相手だな」
マック「え、そうなのか? 知らなかった。……サワって、あんたの趣味?」
レイジ「趣味じゃないけど?」

マック「なら良かった。おれも嫉妬の炎を燃やすとこだった」
レイジ「おまえも本来、趣味じゃないけどな」
マック「だからそういうこと言うなって、しょげるだろ。
    あんたサワに、本当に手は出してないのか? 絶対? 興味なし?」
レイジ「くどい。そうか、アルーシャの方も貸切なのか……。ふぅん。そうだな……。
    だったら、たまにはそういうチープな娯楽に一役買うのもいいかもな。
    どうせならキャッシュオンで、ジャンクなバーカウンタ・スタイルにしてみるか。
    よし、いいぜ。ピアノマンを貸そう。いつだ?」

マック「え……マジで? 本気かよ? ウソだろ」
レイジ「本気だよ? おまえが貸せって言ったんだろ。今さら何だ」
マック「いや、まさか本当に貸してくれるとは思わないだろ。びっくりした。
    責任者はジュウリだから、ジュウリから連絡させるよ。日程は6月3日だ。
    ピアノマンだなんて、驚くだろうな。でもあんまり予算ないんだけど、おれら」
レイジ「分かってる。安くしとくさ。レンタル料に端から期待なんかしてない」
マック「おれの頼みだから、きいてくれたとか思っていい?」
レイジ「良くない。ジュウリとヘミが、出るからだ」
マック「……ですよね」

レイジ「本当にヘミは出るのか? 誰が誘ったんだ」
マック「出るよ? ジュウリが誘ったんじゃないの? 別にきいてないけど」
レイジ「そうか……」
マック「なに? なんかあるのか? おれの知らないこと?」
レイジ「別に何もない。ヘミに余計なことを訊くなよ。本当におまえ、もう帰れよ。
    もうじき、鏡夜が帰ってくるぜ? 鉢合わせてもいいのか」
マック「え、マジで? それはやべぇ。じゃ、帰るよ。店の件、マジありがとうな。
    それじゃ、またなレイジ」
レイジ「ああ、おやすみ。風邪ひくなよ」

マック「……うん。サンキュー、おやすみ……」
レイジ「? なんだよ?」

マック「いや、なんかさ、いいなと思って。
    帰るとき、おやすみって言って貰って、気遣ってくれる人がいるってのはさ」
レイジ「そうか? おれのは外交辞令だからな。誰にだって言う。
    おやすみなさい、気をつけてお帰り下さい、またのお越をお待ちしております、だ」
マック「おやすみって、もういっかい言ってくんない?」
レイジ「何回も言わない」
マック「ケチ。おやすみのキスとか、おれだけ特別にはねぇの?」
レイジ「したければ自分からすればいいだろ」
マック「おれからしたら、きっとこのまま帰れなくなっちまう」

レイジ「店を閉めたら、おまえんちに行こうか?」

マック「―――え。…………いや……いいよ。
    やっぱり明日からゴールデン本番だし……。やめとく。
    今夜から休息とらないとバテちまうからな。……でもサンキュー。
    色々気を遣わせて悪いな。大丈夫、もう無理はいわねぇよ」

レイジ「そうだな。そうしろ」
マック「うん。おやすみ、レイジ」
レイジ「しつこい。何回も云わない。
    精々皆が愉しめるゴールデンを盛り上げてやりな、高音ベーシスト」








photo/真琴さま(Arabian Light)


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