Have You Ever Seen The Rain

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クリスマスシーズン最後のライブがやっと終わった。

街中の電飾がきらきらした帰路を、ひとりで歩く。
今日のライブは盛り上がったな。
入れ替え制になるなんて久々だったし、クリスマスならでは、だ。
今夜は疲れた。

どんな気持ちの時でも、冬のイルミネーションはキレイだと感じる。
一体、何時まで灯りはついているんだろう?

24時間営業のファミレスは、こんな深夜だというのに、結構家族連れも多い。
ガキをこんな時間まで、煌々とした灯りの中に置いておくなんて、
やっぱ都会はろくなとこじゃない。
おれの田舎じゃ、ガキは9時には寝るものだ。

窓から見える家族連れやカップルの楽しそうな団らんに、気分が萎える。
……気分が萎える?
我ながら、意外な感じ。

そうか、おれは今ちょっと、寂しいんだな。

きっと暖かい楽しそうな店内のテーブルの窓越しからは、
ギターケースを抱えた寒さそうな男が、羨望の眼差しで眺めているように
見えているのだろう。
いや、そんな可哀そうな奴に気がつく奴さえいないのかもしれない。
同情さえ、貰えないおれ。

虚しい……。

同情はされたくないけど、誰にも気づかれないのも悲しいな。
だって、外気はものすごく寒いし、おれは孤独で寂しいのだ。
愛するギターさえも、何やら今日はずっしり重い。
温かな愛が欲しいと、思ってもいいんじゃないか?
今日って日くらい。

今日は、クリスマス。
すでに本当のクリスマスは終わってるけど、
家に帰って眠りにつくまでが、クリスマス。だろ。


ただ家に帰っても、誰も持ってるひとはいない。
灯りのついていない部屋に帰るのは、ずっとそうだし慣れているはずなのに、
どうやらイベントごとの夜に関しては、おれは相当神経が細いらしい。
昨日の夜も、イブというイベント日で状況は同じだった。
でも、明日も仕事があると思えば、そんなことは考えたりしないのだ。

しかし。
明日は最悪にも、久々の嬉しい休暇なのだ。
早く帰って酒でも飲んで、酔って眠って朝になればいい。
そうすれば、気兼ねなく休みの始りを楽しめる。
別に楽しい休暇の過ごし方があるわけじゃないけれど。


今さっき、店で別れたばかりのバンド仲間は、休暇をどう過ごすのだろう?

クリスマスの深夜。
みんな、どうしているのかな。
恋人がいるメンバーは誰だっけ。

ナルセは、彼氏はアメリカだし、さっさと渡米するのかもしれない。
メリナは、友達の店で明日の朝までクリスマス女子会だと行ってたな。
ヘミは、恋人がいそうだし、いなくても誰かがデートに誘っているんだろう。
リンは、もてないと言うが、可愛いファンの女の子と普通にどっかに消えたとこを見た。
ニノは、あまりプライベートが想像できない。のらりくらりの謎の男だな。
キタさんは、20日からとっくにクリスマス休暇旅行だよな。
そのピンチヒッターのキーボードヘルプは……


レイジ。


ナイトクラブ「ピアノ・マン」のオーナー。
暗黒街の男。(という噂)
ナルセの愛人。(という噂。ナルセに何人愛人がいるのかはおれは知らないが)

その男がシックスティーズのクリスマスシーズンの五日間、
セブンレイジィロードのキーボードヘルプで入ってくれていた。
ナルセの頼みじゃ、断れなかったらしい。

オーナーという忙しい身ながらリハもそこそこで、完璧にやり遂げた。
楽器を弾く人間には、器用な奴が多いのだ。
おれもそこそこ器用な方。要するに、単なる技術屋ってこと。

だけどあまり普段弾いてないと言う割には、
案外、キレイな演奏をするんだなと思った。
意外に指もきれいだった。
さすがピアノマンなんて店の名の経営者だけのことはある。

演奏に不可はないが、歌は……少々、おれといい勝負くらいじゃないかな?
今回はヘルプに入る代わりに、二曲歌を歌わせろとレイジがいうので、
ナルセはしぶしぶ承知したが、悪い声じゃなかった。

ナルセはレイジを音痴と言うが、あれがもし音痴なら、
おれはもうステージで歌わせてはもらえないレベルで決定。
ナルセは結構、暴言を吐くドS野郎だ。
でも似合っててイヤミじゃない。

わりとレイジのあの声を、おれは好きだと思った。
今回クリスマスの特別レパートリで取り入れた、
レイジが歌ったあの二曲目

『雨を見たかい』

なにか胸にくるものがあった。
なんと、悲しげに歌う男なんだろう。

目の奥の色は深く、悲しい目をしていた気がする。
底が見えないような深い目。
いつもの、店でのふざけた感じが全然しなかった。
もちろんステージの上、ということを差し引いても、
あんな目をあの店で見たことはない。
おれのすぐ横で歌うレイジに、意識を集中させた。

そういえば、レイジにまつわる噂で、自殺マニアだったというのがあったっけ。

あのいい加減な男には、不似合だと思っていたが、
あんな目をみると、あながち嘘じゃない気がしてくる。
恋人を昔に亡くしたんだと、ナルセが言っていた。
毎年、このシーズンになるとその恋人が復活するとか言い出すらしい。
おかしいだろ。キリスト様かっての。
ただ心を病んでる、イカれたオヤジじゃないか。
やっぱ、その相手は男なんだろうな。

どんな男だったんだろう。


ピアノマンは、このシーズンにイカれたオーナーがいなくとも、
全然やっていける立派な店だ。
ただその店のスタッフである茅野が、
バンドのヘルプに出ることをこの時期なので反対していたのを偶然聴いた。
なんとなく、茅野とレイジは出来てるのかもしれないと思ったが、よく分からない。
おれの勘は、そんなに当たらない。

茅野鏡夜は、イケメンで線の細い若いバーテンダーだ。
言動に少しミステリアスな雰囲気がある。
単純バカなおれには、ちょっと羨ましい佇まいだ。
レイジは、ああいう男が好みなのかな。
ナルセとは少し違う気がするが。

レイジは、確かに魅力のある人物であることは間違いない。
年齢不詳で冗談好きで男前だから、店の紳士淑女からは大モテらしいし。

でも、危険な匂いがする。
田舎者だって、そういう直感みたいなものはある。
そんな気がする。たぶん。
おれの勘は、そんなに当たらないんだけども。

だが、ナルセもリンもそう言ってたし、
リンがいうなら確かなのかもしれない。
いつだったか、ナルセのバイトの件で、殺し屋を派遣できると言ってたし。
おれをバカにしただけかもしれないが。

だからレイジには、あんまり近づくべきじゃない。
レイジのイヤミなところは、ちょっとおれの気に障る。
なんとなく、反抗したくなる意地悪さなのだ。
軽薄そうに、挑発してくるあの憎たらしい薄笑いの目と口元。
田舎者のおれを、いつも軽んじている感じだ。

要するにバカにしている。
おれだってもう都会に住んで長いのに。
少しはだけど。

レイジは、ナルセやヘミには、いつも色目を使うのに、
おれやリン、メリナに対しては、まったくバカのガキども扱いだ。
メリナはもう、論外だけど。
逆にレイジはメリナを避けている感がある。
あの男にも、苦手な人種がいるわけだ。
ざまぁみろ。
おれはメリナは苦手じゃない。ちょっと面白い天然バカだし。
あれ? おれと同類なのか?

べつにレイジに色目を使って構って欲しいわじゃないけど、
相手にされてないのも、ちょっとむかつく。
いっそ、無視された方がよくないか?

そんなことを考えながら、歩いていたら、
知らずの間にここは……ピアノ・マンの前じゃないか。





おいおい。
まさか、ここで飲んで帰る気か?
あの男の店で?
もし、いたらどうする?
またあの小馬鹿にしたイヤミを聴くのか?

いや、ひょっとすると忙しくて相手にされないかもしれない。
それは今のおれには、もっと傷つく仕打ちだ。
だっておれは、ひとりで帰るのが嫌なくらい寂しくてここにるのだ。

おれは、あの男が帰っていて、
構ってくれるかもしれないと思っているのか?

寒いな。
底冷えする。
雪が、降るのかもしれない。

空気でわかる。
おれは田舎者だから。




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