Dear, hateful music The Rose

♪ 07
登場人物:ナルセ/枝間
場所:枝間の宿泊先のシティホテル



枝 間「……ここ、どうですか? 痛いなら、言って下さい 」

ナルセ「ん。いいよ……もっと右、かな……巧いな、枝ちゃん。
     ふぅ……。気持ち良いよ……」
枝 間「ナルセさんに気持ち良いと言われたら、妙な気分になりますよ、俺」
ナルセ「はは。マッサージで妙な気を起こされちゃ、困るけど」

枝 間「ナルセさんに触ることができるだけで、光栄です」
ナルセ「なんだよ、光栄って。(笑) 枝ちゃんは、真面目だよな。
    もういいよ、ありがとう。悪いな。かなり楽になったよ。
    しかし、肩こりには苦労させられる。
    重い楽器を持つわけでもないのに、笑われるよな」
枝 間「疲れてるんですよ。ステージ、やりすぎなんじゃないですか?」
ナルセ「そうかな。でも、ただ、歌いたいんだ」

枝 間「どうしてですか」
ナルセ「理由なんかあるか? ボーカルが歌いたいって普通だろ」
枝 間「いえ、でも、たまには喉も休めないとダメでしょう?」
ナルセ「確かにね。次、いつだって言ってたっけ? じゃあそれは出るの辞めるよ」
枝 間「え! いや、それは困りますよ!」
ナルセ「だって、休めって言っただろ?」
枝 間「……シックスティーズを、休んだらどうですか」
ナルセ「冗談だろ?」

枝 間「本気、ですけど」
ナルセ「シックスティーズは休めないよ。セブンレイジィの男性ボーカルで、
    俺の他に誰が歌うんだよ? リンか? マックか? そんなの誰も納得しないだろ」
枝 間「ボーカルのオーデションをすればいい。俺も手伝いますよ」
ナルセ「まさか本気で言ってたのか? 俺にシックスティーズを辞めろって話」

枝 間「本気、でしたけど。冗談だと思ってたんですか?」
ナルセ「うん。そりゃ思うだろ、誰でも」
枝 間「誰でもって……(苦笑) 酷いな、ナルセさん。
    俺は本気ですよ。うちのバンドで歌うの、嫌いじゃないでしょう?
    好きな時に、参加してくれていいんですよ。
    みんな、ナルセさんと同じステージに立てて、喜んでる」
ナルセ「嫌いじゃないよ。というか、俺は歌えるなら、どこでも行くよ。
    シックスティーズは別、という意味でだけど」
枝 間「俺のバンドだから歌ってくれてるんじゃないってことですか」
ナルセ「というか、枝ちゃんが誘ってくれたから、歌ってるんだけど?」
枝 間「それじゃあ、俺と一緒に新しいバンド、やりませんか?」

ナルセ「どうして。そんな必要ないだろ? 枝ちゃんには自分のバンドがあるし、
    いつでも呼んでくれたら行くよ、俺は。
    名立たるメンバーと一緒にステージをするのも、楽しいからな。
    枝ちゃんは、凄いよな。集客力の天才だ。いろいろ勉強になるよ」
枝 間「やめて下さいよ。ナルセさんが歌ってくれるから、お客が入るんですよ」
ナルセ「そう? どっちにしても、俺の歌を聴きにきてくれるのは、嬉しいよな」

枝 間「ナルセさん……。
    シックスティーズを辞めないなら、俺個人への返事を受けて貰えませんか。
    俺は……本当は、それでいいんです。むしろ、個人的には、そっちを望んでる」
ナルセ「それは、俺と、恋人として、つきあいたいってこと?」
枝 間「そう、です。この世界に入ってから、貴方にずっと憧れていました。
    貴方の歌は、一回聴けば忘れられない。当時から夢中になってました。
    俺の神だって、歌の心の師匠だと、決めていました。
    今まで、届かない存在だと思ってやり過ごしてきましたけど。
    もちろん、今だって届いてないですよ。ただ手が触れる距離に、
    貴方が来てくれたってだけです。思わぬ幸運だと思ってます。
    でも図に乗って、不相応な図々しいことはしたくない。
    貴方に軽蔑されるのは、凄く恐いんです、俺。
    だから、ちゃんとしたいんです。ちゃんと俺を、見て貰いたい」

ナルセ「枝ちゃんは、昔から会うたびに俺を尊敬してるって、そういってくれてたよな。
    覚えてるよ。色々おまえのことを悪くいう人はいるけど、
    俺は出会った頃の枝ちゃんと、今も変わってないと思ってる」
枝 間「想いは変わってませんよ。相当、この世界で揉まれて、スレちゃいましたけどね。
    貴方と一緒のステージに立てる今は、まるで夢みたいです」
ナルセ「そうか。でも、最初に……断ったよな、俺は。
    そういうつきあいは、できないって。セックスは、今、しないんだって。
    それがどれだけ辛いか、苦しいか、枝ちゃんには、分からないだろうけど。
    なんていうのかな。映画とかドラマであるだろ?
    麻薬を絶つときの、禁断症状みたいなのがさ。中毒症状、さ。
    あれと一緒だよ。俺は、セックス依存症なんだ。気が多いんじゃない。病気だ。
    多分、治療しなきゃいけないレベルなんだろうけど、そこまでの勇気もないんだ。
    平気な顔してるけど、本当は崩れそうなくらい、今も、辛い」

枝 間「なぜ、絶つ必要があるんですか? 我慢するのが辛いなら、俺がいる。
    俺に、依存していいのに。でもそれでも、したくないって言うから、進んで協力してる。
    いくらしたくても、貴方を抱くのを、いつも我慢してるじゃないですか、俺は……ッ」
ナルセ「俺だって、我慢してる。俺とのセックスを望んでくれてる枝ちゃんとなら、
    どれだけ安らぐか……考えない日はない。だから、辛い。よけいに。
    今だって、したくて仕方ないんだ……でも、ダメだ。だから、頼むから、放して、くれ」
枝 間「なぜダメなんです? 辛いなら、だったら、貴方を抱きますよ、俺……。
    どうしたらいいんです? もうやめましょうよ、こんなバカげたこと。
    もう、バカみたいに普通の関係でいる振りは、やめます。
    ナルセさん……いいですよね」

ナルセ「ダメ、なんだよ、だから。今まで、散々そうして来たんだ。
    おまえが俺を好きだっていうのに、俺はおまえを好きでも何でもないんだ。
    それなのに、セックスだけはしたい。一瞬、自分が逃避したいだけだ。
    おまえの気持ちなんか、全然入ってくる余裕もないんだ、俺には」
枝 間「構いませんよ! そんなのは、気持ちなんか、あとからだって構わないでしょう。
    今は好きじゃなくたって、構わない。ただのセックスですよ。
    俺だって、ナルセさんの体が欲しいだけかもしれないでしょう」
ナルセ「だったら、俺じゃなくてもいいじゃないか」

枝 間「まさか。貴方じゃないと、ダメだ。俺が憧れてた、あの歌声を持つ、
    シックスティーズの憧れのナルセさんを抱けるんでなきゃ、まったく意味がないんだ。
    他の誰の体も、俺は欲しくなんかない。抱きたいのは、貴方だけなんだ!」
ナルセ「俺でなきゃいけない理由は、なんだ? 別に俺を抱いたって何の自慢にもならないぜ。
    シックスティーズのナルセを抱いた奴は、信じられないほど沢山いるんだからな」

枝 間「……ッ あんたが、好きだからですよ! 本心は、あんたの心が、欲しいからですっ」

ナルセ「そうだよな? やっぱり、結局はそうなんだろ?
    俺は、色んな人にそう言われて、誰とでも簡単にすぐ寝て、俺に本気だった相手や、
    俺の大事なひとを、長い間かけて散々傷つけてきたんだ。
    今の、俺の地獄みたいな辛さと苦しさは、そのひとが味わった辛さを知ることなんだ。
    もしかすると、これ以上なのかもしれない。もっと早く、こうするべきだった。
    そうすれば、わかったのに。苦しくて、どうにかなりそうだ……。
    俺は、逃げてた。辛いことは、嫌だから。でも、決心したんだ。こんなことは、やめるって。
    だから、せめて歌っていたいんだ。ステージに立ってると、なくてもいいと思える。
    セックスすることも、大事な人さえも―――ステージに居れば、必要なくなる」
枝 間「……言ってればいい、ですよ。もう待ちません。
    今日は、無理やりにでも、俺は、抱きますよ。貴方をね」

ナルセ「でも、壊れたら?」
枝 間「―――え?」

ナルセ「寝たあと、もう、俺が、歌えなくなってたら? どうする?
    それでも、おまえは、ナルセを壊すためにセックスするのか?
    それを、望んでるのか?
    俺は―――― シックスティーズのナルセに戻れる自信がない。
    ここで、俺が決めた決心を折ったなら、戻れる自信がない……。
    壊れないで済む自信がない……。
    そうなったら、俺は、二度と、歌を歌えない。
    ステージには、立てない――――」
枝 間「そんなことは……ありえない。そんなはず、ない。何をバカな。
    たかが、セックスじゃないですか、ナルセさんは、歌えますよ!」

ナルセ「そうかな? そう思えないんだ。でも歌えなくなったら、俺には何もないし、
    無様にあいつのもとに行って、捨てないでくれって、縋るしかない。
    歌えもしない、ナルセが……。
    でも、そんな無様なナルセを、あいつは見たいか?
    ダメだ。見たくないに決まってる。そんな姿なんか、見せたくない。嫌だ」
枝 間「さっきから、誰、なんですか、あいつっていうのは……」
ナルセ「俺のたったひとりの恋人。だって、あいつのことを、俺は愛してるんだ。
    生涯でたったひとりの、大事なひとだ。絶対に、失いたくない。
    今まで、酷いことをしてきた。酷い思いをさせて、苦しめ続けたんだ。
    だったら、俺は、追っては行かない。懇願はしない。
    もうこれ以上は、あいつを傷つけたりしない。したくない。
    それくらいなら、壊れたまま、ここでじっとしてる方がいい。
    ただ死んだように、ここで、おまえに縋って生きることにする」



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