And So It Goes
そして、今は

登場人物:アキラ/ナルセ
場所:シックスティーズ 楽屋


☆1
2月18日 この胸のときめきを



アキラ 「ナルセさん、相談があるんですけど、今日か明日、
     ステージはけてから、時間…貰っていですか?」

ナルセ「今日なら空いてるけど。
     どこに行く?レイジのとこでいいか?」
アキラ 「いえ、ピアノマンじゃない方が、いいんですけど…」

ナルセ「ということは、重い内容の、真剣な相談なんだな。いいよ。
     じゃあ、どこにしようかな…」
アキラ 「レイジさんの店で、話の内容を量ってるんですか?」
ナルセ「分かりやすいだろ?バロメータになる」
アキラ 「それ、レイジさんが聞いたら怒りますよ」
ナルセ「レイジが出張してる時なら、真面目な話はあの店でするけど」
アキラ 「あんまりホローになってないですね…」
ナルセ「まぁ、茶々入れられたり、誰かに聞かれるのも、嫌なんだろ?
     だったら、そうだな。おれの家にでも行こうか?」
アキラ 「――ナルセさんの?…俺が行っても、いいんですか?
     新しいマンションの方は、初めてですよ、俺行くの」
ナルセ「そうだっけ?前に風邪引いたときに、看病にきてくれたのは、
     前のマンションだっけ。来るのは、全然構わないよ。
     おれの部屋は、誰でも出入り自由だし」




登場人物:アキラ/ナルセ
場所:ナルセのマンション


アキラ 「ナルセさん、随分いいとこに住んでるんですね」

ナルセ「そうか?おれくらいのレベルなら、これで普通かと思ってさ。
     でも豪のマンションの方が、バスルームが広いんだ。
     あっちを買えば良かった。ああ、その辺に座っててくれ」
アキラ 「俺もこんなところに住めるようになりたいですよ」
ナルセ「アキラなら頑張れば可能だろ。何を飲む?コーヒー?
     それとも酒でも出そうか?
     ちょっとしたミニショットバーがあるんだぜ」

アキラ 「いいですね。気分としてはちょっと飲みたい気分ですけど、
     話をしてからにしますよ。酔うと多分…厄介なことになる」
ナルセ「残念ながら、おれの家で飲んで帰るヤツは、大体が厄介なことになる」
アキラ 「―――俺も、そうかも知れませんね…」
ナルセ「分かった。それなら、酒はあとにするよ。
     先に話を聞こう。相談事って何?」

アキラ 「直球ですね。すぐに聞くんだ」
ナルセ「アキラは早く話して楽になりたいみたいだから」
アキラ 「そんなに俺、焦ってるように見えますか?」
ナルセ「なんだか申し訳なさそうにしてる。
     だとすると、大体の察しはつく。
     バンドを脱退したいか、女の子を孕ませたか、そのどっちかだ」
アキラ 「バンドマンて、どこでも同じことで悩むんですね」   
ナルセ「まぁね。でもアキラは後者じゃなさそうだよな」

アキラ 「クラブアルーシャのオーナーを知ってますか、ナルセさん」
ナルセ「…ああ、三浦さん。だろ。業界の有名人だ。知ってるよ。
     どうした?もしかして、引き抜きにあった?」
アキラ 「これはナルセさんにも少し関わる話だから、全部話しておきます。
     本当は、まだ口止めされてるんですけど」
ナルセ「OK。よくあることだ。心得てるよ」
アキラ 「あの店のバンド――つまり、今、豪さんがいるバンドなんですけど、
     あと数ヶ月で解散させて、新バンドを結成するらしいんです」

ナルセ「!…ハウスバンドの交代か?現メンバーはどうするんだ」
アキラ 「残るメンバーもいるらしいですけど、ほとんど総入れ替えですね」
ナルセ「それで…」
アキラ 「俺、ギターボーカルとして、バンドを束ねてくれないかって、
     誘われました」
ナルセ「――そうなのか。いい話じゃないか。
     じゃあ、豪はクビなのか。ギターは二人要らないよな」
アキラ 「豪さんを手放すライブハウスなんてあるのかと思いましたよ。
     でも、ビジュアル面のハードルを高くしたメンバーを集めたいそうです。
     もちろん、実力も伴う人材で」
ナルセ「おいおい、豪は美形じゃないけど、男としての造りは悪い方じゃないぜ?」
アキラ 「すいません。そうじゃなくて、要するに、女性受けするかどうかってことですよ。
     どっちかといえば、豪さんは硬派で、近寄りがたいですから」
ナルセ「アキラは女性受けするもんな。甘いマスクで、最近人気も出てきたし、
     おれの人気も危ういな」
アキラ 「俺にはナルセさんに勝てる実力も、ビジュアルもないですよ。
     それで、ナルセさんも引き抜いてくれって、頼まれたんです」
ナルセ「ああ、じゃあ、アキラは…シックスティーズを辞めるわけだ」
アキラ 「驚かないんですね」
ナルセ「何を?アキラが辞めること?引き抜き?」
アキラ 「どっちも」

ナルセ「そりゃそうさ。新バンドのギターボーカルだろ?
     しかもバンドマスターだ。前に言ってたよな、アキラ。
     いつかは自分のバンドを持ちたいって。だったら、断る理由はないだろ」
アキラ 「じゃあ、ナルセさんの引き抜きの方は?」
ナルセ「おれは、シックスティーズのナルセだし、あの店が好きだし、
     セブンレイジィロードが、何よりも大切で大事なんだ。
     例えメンバーが総入れ替えになっても、おれがクビにならない限りは、
     おれのバンドだ。だったら、責任があるだろ。
     引き抜きの話は、過去にあったけど、断ったよ」

アキラ 「どんなに引き抜きの条件が良くてもですか?
     三浦さんの提示してる条件は、シックスティーズよりも数段いい。
     業界じゃ、破格ですよ。俺でそうなんだから、ナルセさんなら…」
ナルセ「三浦さんは自信家で、店は娯楽営業だからなァ。レイジみたいなもんさ。
     欲しいものは、なんでも金で何とかするのさ。成金だって噂だろ。
     でも、いくら良くても引き抜きは無理だよ。アキラが頼んでも無理。
     だからその悩みは解決だな。残る問題は、お前の脱退についてだけだ」

アキラ 「ナルセさんは、どう思いますか」
ナルセ「セブンレイジィの責任者としては、そりゃ抜けて欲しくはないよ?
     アキラが居なくなったら痛手だし、かなり人気が出てきたとこだし。
     まぁもっとも、だからこその引き抜きなんだろうけど。
     三浦さんも娯楽営業にしては、ちゃんとその辺は見てるんだな。
     でも、そんな急にやめるわけじゃないんだろ?」
アキラ 「ええ、まあ、まだ新バンドが動くのは先です。
     7月頃から始動する予定なんだそうです。でも俺…」
ナルセ「アキラは、迷ってる?」
アキラ 「決めかねてます。だから、ナルセさんに相談してるんです」
ナルセ「いい条件なんだろう?いいじゃないか。何を迷う?」

アキラ 「正直なところ、新しいバンドに行きたい気持ちは強いんですよ、俺。
     音楽の新しい選択は常にやってきたし、ぬるま湯に浸かる歳でもないし、
     シックスティーズに来たのも、最高のステップアップだったし」
ナルセ「じゃあ、頑張れよ。次のワンステップだ。残念だけど、仕方がない。
     音楽を辞めると言うなら、引き止めもするけど、そうじゃないなら、
     おれは、アキラを応援する気持ちの方が強い。
     友達としては、旅立ちの声援を送りたいと思うだろ?」
アキラ 「引き止めてはくれないということですね」
ナルセ「おれに、引き止めて欲しいのか?」
アキラ 「どうかな。俺が迷うのはね、とても下らないことなんですよ。
     応援してくれるとかは嬉しいけど、そんな大層なことじゃないんだ。
     ただ…俺はナルセさんと…ナルセさんと、毎日会えなくなるのが、
     ちょっと辛い。正直。それだけです。女々しいかな」

ナルセ「…マジで言ってる?」

アキラ 「俺がレイジさんみたいに、ふざけるタイプに見えますか?」
ナルセ「アキラは時々、ジョークを飛ばすからな」
アキラ 「これは、冗談なんかじゃないです。これでも、かなり恥かしいんですよ。
     俺、ナルセさんとステージに立つの、すごく気持ちがいいんです。
     最近、豪さんと歌ってた、あの曲を、二人で練習し始めて、
     あなたと一緒に歌うのが、快感だって思いました。
     それこそ、言い方は悪いけど、セックスしてるみたいな、恍惚とした気になる。
     もっと下らないことを言うと、ナルセさんと、一緒に居たいんです。俺」
ナルセ「そりゃ、ありがとう。至って光栄至極だな。
     ステージってさ、バンドのメンバーとセックスしてるようなもんだって、
     何かの小説に書いてたよ。だからあんなに、ステージは気持ちがいいんだ。
     それで、アキラのそれは、ミュージシャンとして、と云う意味?
     それとも…アキラの音楽以外の、個人的なこと?」

アキラ 「どっちもです。でも、後者の方が強いかな…きっと」
ナルセ「だったら、これは朗報だと言えるかもしれないぜ?
     アキラがステージを降りたら、歌ってないおれと、付き合える」
アキラ 「ステージを降りないとダメなんだ?」
ナルセ「そう。バンドメンバーに手を出したら、リンに殺される」
アキラ 「俺がメンバーじゃなきゃ、良いってことですか?」
ナルセ「少なくても、リンには殺されずに済むよな」
アキラ 「そんな単純なものなんですか?」
ナルセ「そう、至ってシンプル。簡単だよ。
     おれとステージ以外で、セックスすることなんてね」

アキラ 「そんなことあるわけないじゃないですか。
     誰とでも寝るってナルセさんは言うけど、みんなはそう思ってない。
     あなたは高嶺の花で、ラッキーな人は、凄く限られた人たちだ。
     彼らは本当に羨まれてる。ほとんどが相手にされない中で、
     ナルセさんを、ものにできるんだから」
ナルセ「あははは、買いかぶりもいいとこだな、アキラ?
     思い込みすぎだよ。そんなわけないだろ。噂を信じすぎだよ。
     そんなに凄いとは、知らなかったよ。都市伝説並みだな。
     要は、タイミングなんだよ、俺と寝るのなんてさ」
アキラ 「俺がセブンレイジィをやめるのは、いいタイミングですか」
ナルセ「そうかもしれない。あるいはね。
     アキラとは、ステージの上だけじゃなく、もっと近づきたいと
     思ったことがない、わけじゃないよ。だけど…」

アキラ 「…本当に?豪さんと本気で別れる可能性が、あったりしますか?」
ナルセ「ほら、それだよ。アキラは一途なのかな。
     何故だか、いつも良いムードになると、すぐ豪の名前を出すだろ?
     さすがの俺も、豪の名前が出れば、浮気の虫も、正気に戻る。
     そうしたら、もう先には進めないよ。
     そうだろ?だって俺は、豪を好きなんだから。
     豪の名は、アキラのボーダーラインなのか?」
アキラ 「そう、かもしれませんね。ナルセさんに溺れることの恐怖から、
     越えてはいけない境界線を、引いてるのかも」
ナルセ「越えてみる勇気は、ないわけ?」

アキラ「レイジさんの執着や、過去のストーカー事件を考えたら、
     俺なんかにそんな勇気は、出てこないですね」
ナルセ「ああ、誰に聞いた?ヘミのストーカー事件だろ、それ」
アキラ 「表向きヘミさんだけど、実はナルセさんが原因だって、
     リンさんが言ってました。あいつに惚れると地獄を見るぞって」
ナルセ「リンのヤツ、とことん釘を打つ気だな。食えないヤツ」

アキラ「俺は、豪さんの代わりは嫌なんですよ。
     もっとも、豪さんの代わりになれるとは、思ってないですけどね。
     それは、俺が、あるいはギタリストだからかも知れません」
ナルセ「豪のギターは、スゴイってことだろ。
     おれも、アキラとの一線を越えなかったのは、
     アキラがギタリストだったからかも、知れないな」
アキラ 「そうですね。だからこそ、今度の話、おれは受けたいのかも。
     あの店に、豪さんは残らない。敵わないと思ってた豪さんを、
     俺が、事実上は追い出す形だ。ギターは二人いらない」

ナルセ「豪の仕事場は奪えても、俺は奪えない?」
アキラ 「奪えるのなら―――」

ナルセ「はは、嘘だよ。そんな面倒くさいのは、ダメだ、アキラ。
     おれはたまに、豪のいない気持ちの穴を他人で埋める。それだけなんだ」

アキラ 「そうなんでしょうね。わかってますよ」
ナルセ「本気になったりするなよ。
     アキラには、もったいないよ。おれはもう歳だからな」
アキラ 「ナルセさんは、見た目、若いですよ。10は若く見えます」
ナルセ「サンキュー。そんなセリフは、女なら喜ぶだろうけどな。
     ―――それで?そんなアキラは、おれの家に招かれて、
     本気でベッドを選ばずに、帰るわけか?ホントに?」

アキラ 「ズルイよ、ナルセさん。
     俺はまだ、セブンレイジィロードのメンバーですよ」
ナルセ「じゃあ予約しておけばいい。待ってるよ。
     ところで、いつ辞めるんだっけ?まだ先だって言ったよな。
     実はさ、ジュウリが3月初めで、辞めるんだよ。
     二人も抜けるのは、困るから、アキラはもう少し、あとにして貰えないか?
     新バンドの打ち合わせとかは、休んでいいからさ」

アキラ 「――えっ!?ジュウリさん、
     シックスティーズをやめるんですか?!」

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