FAN LETTER

登場人物:豪/ナルセ
場所:豪のマンション



 豪 「珍しいな。そんなものを、お前が読むなんて」

ナルセ「おれだって、ファンレターくらい読むさ。もっともこれは、
     リクエストカードに書かれてた、メッセージだけどな」
 豪  「人の云うことなんか一切耳に入らないお前は、ファンの手紙に
     心が動くことなんてことは、ないだろ。何の気まぐれだ」
ナルセ「酷いな、豪。お前、おれを一体どんな人間だと思ってんの?」

 豪  「ナルシストで、プライドのバカ高い、どうしようもない自惚れ屋」

ナルセ「お前のおれ像って、最低なんだな」
 豪  「何を今さら。ナルセはファンサービスもしないだろ。
     ただそこで歌っているだけで、いつでも女性客の胸は高鳴るし、
     お前がそっちを向けば嬌声を上げて、喜んで頬を染める。
     だったら、愛想を振りまく理由なんか、無いからな」
ナルセ「まるっきり、天狗で嫌なやつみたいじゃないか。おれ」

 豪  「みたいじゃなくて、そうだろ」
ナルセ「違う。お高くとまってるって、他所で云われてるのは知ってるけど、
     でも別に、お客やファンを粗末にしたことなんかないぜ、おれは」
 豪  「それは、知ってる」

ナルセ「声をかけてくれる人には笑顔で答えるし、リクエストのついでに
     書かれた手紙だって、こうしてちゃんと読むだろ」
 豪  「そうだな。だからナルセは、お高くても、それでも人気だ。
     リンもアキラもそれぞれ人気はあるが、お前が群を抜くのは、
     お前が歌う、歌のせいさ。男だって寄ってくる」

ナルセ「おれの歌、ね。魔性なんだってな。おれの歌」


 豪  「…俺か? 俺は・・・」



ナルセ「へぇ。何? 珍しい。素直だな。でもどうして後ろを向いてるんだ?
     ひょっとして、照れてるのか、豪?荒野のギタリストが、カワイイな」

 豪  「うるさい」

ナルセ「おれさ、豪に愛されてるよな。
     それで、みんなにも愛されてて、今、幸せなんだろうな」

 豪  「どうした。急に」


ナルセ「このカードには、書いてあるんだ。おれの歌を、
     シックスティーズのステージの時間を思い出すと、とても幸せな気分になれるって。
     それはきっと、死ぬまで私の宝物になるでしょうってさ。
     凄いだろ。彼女の人生の幸せな思い出になっちゃうんだぜ。おれたち」
 豪  「年老いて、幸せな思い出があるのは、良い事だ」

ナルセ「おれはさ、昔は良かっただなんて、老人のセリフで、
     無様でみっともないと思ってた。
     けど、案外、それも悪くないんじゃないかって、思うよ。
     今はさ、毎日仕事があって店で歌うのが、普通になってる。
     客入りは毎日満席とはいかなくても、顔面蒼白になる日なんて、
     滅多には無いし、週末はいつだって満席御礼だ。
     おれ達には、毎日ステージがある。
     バンドのメンバーが、いつもそこにいる。だけどいつか―――。
     いつか、そんなのが懐かしくなる日が、やってくるんだ。
     きっと。懐かしい思い出になる日が、やってくる」

 豪  「お前らしくない感傷だな。ありえないほど悲観的だ」

ナルセ「悲観的じゃないよ。お前も言ったじゃないか。
     思い出があるのは、良いって。思い出になるのは、
     大事なことだと思うってことだよ。
     それがあるのとないのじゃ、最後に違ってくるんじゃないかな。
     歌もバンドも、いつか終ってしまったときにさ」
 豪  「ますますオカシイな。どうした? そこにそんなに気になることが、
     書いてあったのか?お前はそんな、先々考えて不安になるタイプじゃないだろう?
     いつだって自信過剰の怖いもの知らずだ。ちょっとそのファンレター、見せてみろ」
ナルセ「やだよ。何でだよ?だから、不安になってるわけじゃないって。
     なんで言うこと通じないんだ?おかしいな。
     お前がいつもおれのこと、理解できないっていう気持ち少し分かったよ。
     お前の中のおれ像って、ホントに冷徹で、頑丈にできてるんだな。驚いた」

 豪  「頑丈に見えて、脆いとこもあるのは、ちゃんと知ってるけどな。
     目を離すとすぐ浮気する」
ナルセ「だって、目を離すからじゃん」
 豪  「そうだ。目を離すおれが悪いんだよな。お前のせいじゃない。
     お前とは、もともと脳の基盤が違うんだから、理解し合える筈がない」

ナルセ「でも豪とは、思い出があっても、おれの思い出にはしたくないな。
     というか、しない。豪には、おれがステージを降りても、
     ずっとおれの傍で、思い出にならずに、そこにいて欲しい。
     それは可能なのかな。歌わないナルセでも、豪はそばにいてくれる?」

 豪  「いるだろ。だから俺は、セブンレイジィロードのバンドをやめて、
     今、こうしてお前といるんだろ。
     お前の歌は、麻薬だ。中毒性がある。
     なのに、絶対に離れたくはなかったナルセの歌を、そのバンドを、
     俺は手放した。お前の歌に惚れてるなら、お前の歌だけを取ることだって、できた。
     できたはずだ。本来、そうすれば良かったんだ。でも、できなかった。
     だから今、お前が望む答えが、おれには出せる立場なんだろう」
ナルセ「ああ、そっか。凄いな、そんな先まで見越してたのか?さすがだ」
 豪  「実のところは、浮気しまくるお前の管理が、単に嫌になっただけのことだがな。
     現場を見てなきゃ、腹も立たないだろ」
ナルセ「ひでぇ。でもさ、この職業は好きなことだし、
     誰かの思い出になれる最高の仕事だと思うよな。
     物証として、このファンレターは大事にしまっとくかな。
     おれが死んだら、棺に入れてくれ。幸せな思い出を持って逝くよ」
 豪 「逝くのも思い出にするのも、まだお前には早いだろ、ナルセ。
    お前には毎日、これからもステージの仕事があるんだ」

ナルセ「思い出タイトル、何か歌ってやろうか?『思い出の指輪』とか、どう?」
 豪  「お前のステージでの歌はいいが、鼻歌はちょっと値打ちが下がる」
ナルセ「…小さく歌うのは、苦手なんだよ。ナルセ様の魅力を、発揮できない」
 豪  「客と喋るときは、小声のくせに。しかもステージじゃ、喋らない」
ナルセ「それは接客用だからだ。クールなナルセのイメージは大事だろ。
     でもプライベートは違うさ。普段そんなことないだろ?違う?
     それとも豪は、アノときだけは、でかい声の方が好きか?な?」
 豪  「バカ。いつまでも喋るより、もっと他にすることがあるだろ。
     オフはお互い、今日の一日だけだぜ」

ナルセ「豪は、俺がステージで歌うのとベッドで鳴くのと、どっちがいい?」
 豪  「お前はステージ以外では喋りすぎだな。もう黙れよ。
     MCでそれくらい喋れば、ジュウリも楽できて喜ぶ」

ナルセ「ダメ。俺がさえずるとこは、豪の腕の止まり木だけだ。
     鳴かせてくれるんだろ、今からお前の好きな声がいくらでも聴ける」
 豪  「冗談だろ。お前の声を嗄らすと、店長に殺される」
ナルセ「まぁね。でも殺されてもいいって思って欲しいけど。たまにはさ」



 豪  「いつも、思ってる」


ナルセ「ホントに?」




――――ああ 思っていても 俺は お前の声を

    奪うことさえ できない



お前の痺れるような 歌声は ナルセ


おれのためだけには 奪えないものだから



END♪


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