百万年の想い
I'd Wait A Million Years

場所:ピアノ・マン
登場人物: ヘミ  レイジ


「お待ち合わせでしょうか? 女王さま」

「…レイジ」

「こんな日に おれの店で ひとりぼっちで飲んでるなんて
 図式的に 非常に困るんだよ ヘミ
 女王さまの用心棒で おれは店の用事ができなくなる」

「別に 放っておいて」

「女王様 お言葉ですがね そんなセクシーなムードで
 そこに座っていられちゃ 室内環境が悪い
 カップルで来た男どもでさえ 気もそぞろで 思わず彼女への贈り物を落としちまう
 人のクリスマスナイトを 台無しにするのは やめて欲しいな 店の評判が落ちる」

「店の評判なんか 気にならないくせに」

「それは違うよ ヘミ 気にならないわけじゃない」
「関心が ないのよね」
「ご名答 関心がないほどでもないけどな
 そもそも女王様が女王様然としているのは 変じゃないが
 今日の女王様はアンニュイで投げやり気味だ 悩み事かい」
「どう かしら」

「おう! そうやってチラ見されるだけで 男は皆 虜になっちまうよ」
「レイジは大人ね でも あたしはそうでもないわ」
「いかにも おれは大人だ 少々歳がいっちゃい過ぎてはいるけどな」
「レイジは 年齢のわりには素敵よ とても年齢どうりには見えない」
「本当に どうしたんだヘミ おれのことを誉めるなんて
 クリスマスに天使でも降臨したのか?」
「レイジは素敵だと思うわよ ねぇ あたしと寝たい?」
「願ったり叶ったりだ おれの体で気が紛れるなら 是非そうしたまえ
 気が変わらないうちに スイートを予約しようか 今日でさえも おれなら可能だ」
「でも寝たら レイジはあたしに興味がなくなるでしょう?
 今まで通りには チヤホヤしなくなる だから寝ないわ」

「ヘミは謙虚だな ナルセならそうは言わないぜ
 あいつは 誰と寝ても 相手は自分にずっと夢中だと
 本気で思い込んでるプラチナの傲慢さがある 大抵はその通りなんだけど」
「ナルセのエゴイストぶりには あたしも劣るってわけね
 確かにナルセの形振りには 頭を殴られたような衝撃を受けたわ
 あたしなんて 可愛いものよね」
「あのナルシストぶりには なかなか太刀打ちできる奴はいないな」
「あたしはね 小さい頃 ナルセ並みだったわ
 みんながあたしのことを 花よ蝶よと 誰もかれもが綺麗だって
 誉めるものだから わがままで 傲慢に育ったのよ」
「ヘミは小さい頃から 危険な色香の美少女だったんだろうな」
「大人の男の人に 悪戯されそうになったこともある」

「それは酷い! それで男嫌いのレズビアンになったわけだ 
 綺麗なものに君臨されるのは おれは大歓迎だけど」
「でも 女の子たちはそうじゃなかった
 中学生の時 酷い苛めにあったの その時は女の子も好きじゃなかった」
「女の子は残酷だ 特に思春期前は自分に無いものを妬む傾向にある
 なのにある一定の年齢をすぎると それは憧れに変わって
 友達願望を持ち 行動が豹変することもある」

「その通りね 大学では女の子の取り巻きが増えたわ
 だけど 苛めにあってた中学の時 たった一人 
 あたしに優しくしてくれた女の子がいたの
 多分それからよ あたしの性癖が 同性に向くようになったのは
 彼女は とても 優しかった」
「大学の男どもだって ちやほやしてくれただろう? 好きになれなかった?」

「気分は良かったわ 何人かと寝てみたけど
 でも女の子ほどは 心も快楽も埋めてくれない」
「そりゃ男の当たりが悪かったんだな ハズレと寝るからそうなる」
「そうね レイジから見れば 大学生なんか子供みたいなものよね」
「幼児に等しいね」

「初めて好きになった女の子は すごくあたしに尽くしてくれた
 控えめだけど 優しくて明るい子
 でも いつも あたしたちの世間に背く善悪に怯えていた」
「まるで きみの誰かみたいだ」
「そうね あたしの趣味は ずっとその頃から変わってないのね
 あたしは だから 彼女のことを 守りたかった
 その怯えから すべてを隠すように 守りたかったのよ
 人前では 普通の友人のように振るまって 少し突き放した格好を取った
 でも二人きりのときは とびきり甘いひと時を 大事にした
 それが彼女にはいいだろうと 思ったからよ」

「羨ましい限りだ」
「でもそれは 長くは続かなかったわ
 何故かそのうち それが裏目にでたのよ
 そのあたしの行動と行為が 逆に彼女の怯えになっていった
 別れ文句は大抵同じね
 『あなたに 私は吊り合わない あなたは私を見下げている』」

「そりゃよくわかる
 ヘミのような完璧な女に 吊り合う人間はそうはいない
 女性同士なら尚のこと コンプレックスを感じるのは 当然だろうな」
「ある意味 あたしは傲慢だったのよ どこかでそんな素振りをしてたんだわ
 でも あたしの鼻はナルセと出合って あのバンドに入って すっかり折れたわ」
「なるほどね ナルセのような完璧な外見を目のあたりにすれば
 誰でも負けを認めるさ」

「違うわ あのナルシストさと傲慢ぶりを目のあたりにして
 己を改めたのよ あたしは きっとあんなだったんだわって
 だから 振られた 当然よってね」
「反面教師か でもナルセは 滅多に振られない」 
「そうね 悔しいけどナルセは得な人だわ 恋愛性格は あんなに悪いのに
 ステージに立つせいで それが全部帳消しよ だけど
 あたしには それはない 所詮ナルセのようには いかないわ」
「ヘミにだってあるさ だがナルセは 恋人に恵まれただけだ」
「豪ね あの男は変わってる」
「豪は変わり者さ」

「あたしだったらナルセのような恋人は お断りよ
 ステージには 一緒に立ちたくてもね
 豪は『ステージのナルセ』を選べば良かったのよ
 だったら あんなに苦しむことも辛い思いもしなくて済むのに
 何故 豪が『恋人のナルセ』を取ったのかが 不思議だわ」
「奴はナルセそのものが好きなんだろうな 全部欲しいのさ ある意味強欲だ
 だからステージの方を降りちまった ステージのナルセだけじゃ足りないんだ
 もしくは単にバカだから 間違っちまったのかも知れない 選ぶ方をな
 人生ひっくり返っちまうのに そういうことは起こりえるのさ たまにな」

「人生がひっくり返るような選択 それは恋にもあり得るの?」
「恋? ヘミは時々可愛いことを言うな オジサンはメロメロです」
「茶化さないで レイジはそんな選択をしたことがある?」
「どうだろな 今のおれがあるのはそういう選択をしたせいかもな」
「後悔してるの?」
「俺が? そうだな 今は君に夢中になれて幸せってとこかな」
「あら 貴方にはコロンビア人の彼氏がいるって聞いてるけど」
「ちっ ナルセが喋ったんだな あのお喋り男め」
「プレゼントされたのは その指輪なんでしょう? 素敵な石ね
 キラキラと緑が泡のように光ってて変わってる 人工石?」
「そう エメラルドの結晶と 人の骨が混ざってるんだ」

「人の骨?」

「遺骨さ 手元供養って知ってるかい?親しい人間の遺灰や遺骨の一部を
アクセサリーなんかに入れて 肌身に持つのさ」
「それは レイジの大事な人の遺骨なの?」

「数ヶ月前 コロンビアのムゾー鉱山から 一人の男がやってきた
 そいつは おれの死んだ相棒が よく現地で使ってた案内人だったらしい
 そいつが言うには 昔 相棒から頼まれていたエメラルドを持ってきたと言うんだ」

「…今更?」
「多分時差があるのさ そいつにとっちゃ たった一週間前くらいなんだろう
 あっちのお国の時間の流れは 俺たちとは違うらしいからな」
「呆れた それってかなりの年数が経ってるわよね ふざけてるわ」
「いやいや そう悲観したものでもないぜ エメラルドは強度の割に壊れやすい石でね
 よほど大事に持ってきてくれたらしい 握り締め過ぎたのかな 粉々だった
 石というより欠片だな 大きな石の方は魔が差して売っぱらったんだろう
 でも気が咎めて カットした欠片の方を持ってきてくれたんだ ありがたいだろ
 ヤツらは何年かしていきなり約束を思い出して わざわざ日本に来てまで
 届けてくれる情の深い人種なんだ 感動的」

「悪意があるのかないのか分からない言い方ね
 それで? その欠片を レイジは受け取ったの?」
「わざわざ届けなくても良かったのにと言ったら
 あいつには生前 命を救われたことがあって 借りがあると抜かしやがった
 良い石が手に入ったら 日本にいる相棒に渡して欲しいと言われてたんだと
 つまり おれだ それでおれは思い出した
 ああその石は昔 あいつがおれにくれると言った指輪の石だったんだろうなと
 だったら欠片で十分だ 石本体の価値では 今さら重すぎる」

「それで 彼の遺骨とエメラルドの欠片を混ぜて その石を造ったというの?」
「ああ 昨今は遺灰からダイヤモンドも 造れるらしいぜ?」 
「本当の話? それとも今年のクリスマスの 新しい逸話なのかしら?」
「嘘じゃないよ ともかく おれの指にあいつの誓いが やっと形を成したわけさ
 これで分骨して貰った骨を かじらなくて済む いや かじってたわけじゃないぜ
 ヤツは骨になってからの方が おれと長く居てくれる 皮肉だよな」
「それでレイジは いつも一緒に居てくれる恋人を手に入れたの?
 永遠に裏切らない恋人の方が 安心かもしれないわね」

「恋人? だったらおれは 何度でも繰り返しケンカできる生きた恋人の方がいいね
 死んだら終わりだ 骨はただの骨 想いがあるのは残った者にだけ
 でもおれの相棒は 恋人なんかじゃなかった 分かるかな?
 全ての相棒で おれの一部だったんだ 血や肉みたいな感じ
 おれに闇ディーラーを押し付けて 永遠にお宝探しの旅に出ちまった
 こうして身につけることで やっと戻って来た感じなんだ もっとも
 あの世でヤツが懇願するなら 恋人と呼んでやってもいいけどな」
「…ごめんなさい 軽率な言い方だったわね」

「ヘミ 謝ったりするなんて 女王様らしくない」
「あたし 女王様じゃないわ」
「女王様然として 君臨して欲しいね おれはいつでもヘミの味方で しもべだ」
「レイジは もう恋人を作らないの?」
「ヘミがOKしてくれないなら 無理かもな」
「誤魔化さないで」
「本気だ そうだ おれと結婚しないか ヘミ?
 それで心の安定を持てばいい おれは絶対別れ文句を言わない」
「そして あたしを愛してもいないのでしょう」
「まさか愛してるよ そしてきみが誰かとつきあっても おれは気にしない」
「二股かけるのは イヤよ」

「そうか 良い提案だと思ったんだけどな」
「生きた恋人がいいならナルセは? レイジは豪からナルセを奪う気はないの」
「ナルセ? 何故?豪とナルセは良いカップルだろ
 見てるだけでドキドキする 危なっかしくて放っておけない
 永遠に裏切らない恋人を得るより 断然スリリングだ」
「レイジは ナルセが好きなんだと思っていたわ」

「好きだよ」
「欲しいほどによ」
「時々 欲しいこともあるが 手に入れたいほどじゃない
 手に入れたいものは 手に入った 入らなかったとも言えるけどね
 ナルセは豪にお熱だからな そんなのは おれの熱が下がるね」

「ジュウリは セブンレイジィを 辞めるかもしれないわ」
「ヘミと別れたから?」
「そうよ いきなりでもなかった? 何でもレイジはお見通しなのね」
「クリスマスにそんな顔で居ればね どんな鈍感だって気が付く」
「ナルセも 気が付くかしら」
「あれは 駄目 クリスマスに会えなかった豪のことで 頭がいっぱい」
「リーダーなのに?」
「リーダーの顔をしてる時に そういう素振りをしてやりな」
「今は駄目?」
「今は 豪でいっぱいいっぱい」

「そう ナルセは意外と可愛い男なのね」
「そう ナルセの可愛さを知らないヤツだけが損をする」
「別れた理由は 聞かないの」
「さっき 言ってただろ」
「あれは 学生の頃の話よ ジュウリは大人よ そんなことは言わない」
「なんて言った?」

「とても 優しく さようならと 言ったわ」
「納得できた?」
「最近のあたしたちには そのセリフが相応しかった
 彼女に言わせたのは 私がずるいからだわ」

「慰めに おれの体を使う? どうぞ おれの女王さま」
「使えたら 案外すっきりするかもしれないわね」
「試して見るのも いいと思う」
「そうね でも 今日は使わない」
「それは残念だ」

「今日は レイジの指輪について考えながら ひとりで眠るわ」
「指輪は貸さないぜ おれのものだからね おれ以外の人物が持つと
 きっと何処かへ飛んでいく 昔みたいにな そして おれのところに帰ってくる」
「やっと 戻った?」

「そう やっと 戻った」

「教えて レイジ あたしだけに」
「何が 知りたい?」
「彼を 愛してた? その分身である人を 愛してた?」

「愛してたよ 当然だけど おれが 愛したのはエトーだけだ
 他には いない これからも いないんだ ずっとね」

「そう」

「ヘミ」

「なに」

「内緒だぜ 今のは ヘミだけに 教えたんだからな」
「分かってる 秘密ね レイジと あたしの」
「ヘミはいい女だ きっと次の恋人は ヘミに指輪をくれる」
「ありがと じゃあね レイジ
 豪がね 辛いなら レイジの傍にいるといいと言ったの」

「たまには気が利くな あの無骨な男も 無責任と言いたいとこだが」
「豪は 頼りになるのよ 恋愛の趣味は悪いけど」
「ヘミと豪が 仲良しだとはね」
「ストーカー事件の 怪我の功名とでもいうのかしらね
 豪の頭の方は ナルセでいっぱいじゃなかったということよ」
「そうでもないさ おやすみ ヘミ」
「おやすみ レイジ
 もう 来年はクリスマスの逸話を 話さなくて済むわね」
「それはどうかな まだ新作もあるしね
 セブンレイジィは また新人がやってくるんだろう? 放っておけないな」
「レイジらしい」

「百万年経っても 生身で帰ってくると 思うおれの心は やっぱり狂ってるのさ」
「レイジは 狂っていないわ 狂っていたら仕事ができないでしょう?」
「そんなことはない どうせおれの仕事は 暗黒の淵だ 狂気と紙一重だよ」

「メリー・クリスマス レイジ 神様が願いを聞いて下さるわ」
「おれの願いは叶ったよ ヘミ
 神さまは 今度はヘミの願いを聞いて下さる」

「…ありがとう 素敵な贈り物を 頼むわ」

「寒いからな 風邪をひかずに帰れよ  それと豪には
 おれと一緒にベッドに入ったと言ってくれよ でないとおれの立つ瀬がない」

「そんなの あたしに関係ないわ」

「おう ヘミ… やっぱりきみは おれを踏みつけるのが 似合っているよ」


「バカじゃないの」


☆END☆




♪百万年の想い
I'd Wait A Million Years(Grassroots)

いつまで続く寂しい夜
君が来るのを待っている
ぎゅっと抱きしめたいと思いながら
君がほしくてしようがない
私は待っている 君が来て
私に愛をくれるだろうと

百万年でも 私は待つ
百万マイル歩いてもいい
百万粒涙流してもいい
一番深い海を泳いでもいい
一番高い山を登ってもいい
君がそばにいてくれるなら

現実に愛しているのだから
君がそばにいてくれると 私は恍惚状態
苦しみを耐え誇りを胸に秘めよう
ああ 体の中で感じるものを隠しきれない

百万年でも 私は待つ
百万マイル歩いてもいい
百万粒涙流してもいい
一番深い海でも泳いでもいい
一番高い山を登ってもいい
君がそばにいてくれるなら

百万年 私は待つ
百万粒の涙 私は偽りなどない
百万マイル 君を追いかける
百万年 待ってほしければ私は待つ

君への愛は募るばかり
苦しくても誇りに思える価値がある 
ああ体の中で感じるものを隠しきれないんだ

百万年でも 私は待つ
百万マイル歩いてもいい
百万粒涙流してもいい
一番深い海を泳いでもいい
一番高い山を登ってもいい
君がそばにいてくれるなら


訳: HideS

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