イン・ザ・ナイト・アワー
某ライブハウス
登場人物:客A・客B/ナルセ/豪/レイジ


12月17日 某ライブハウス カウンター席

A「なぁ あれってセブンレイジィロードのヴォーカルじゃねぇ?」
B「ってナルセ? まさか 何であいつがライバル店に…」
A「でもここのギターって 前はセブンレイジィにいたじゃん」
B「ああそうだけど 仲良かったかのか? あの二人」
A「知んねぇ…でもまぁ元メンなんだし 別に変じゃないよな」
B「でもあいつら仲険悪だったって噂あるぜ?」
A「あのバンド自体 メンバー仲が良いって噂は聞かないけどな」
B「ナルセと仲良いって言ったら やっぱリンじゃん」
A「ああ 愛想いい爽やかドラマーか?」
B「そう お前ってファンなくせに メンバーの名前覚えないよな」
A「いいだろ別に 曲聴くのに名前なんか関係ないじゃんよ」
B「ナルセのさぁ 横にいる男ってアレ…やっぱアレかな」
A「アレって何」
B「いや ナルセって 両刀な噂あるじゃん だからカレシ?」
A「はぁ? ウッソ! 知んねぇよそんな話 初耳だぜ
 ファンの女に手を出しまくりだって噂は聞くけどな
 何だよ そのコアなネタ? もしかしてお前ってホモスジの人?」
B「なんで俺がだよ 聞いたことないかぁ?」
A「ないない 全然ねぇよ 嫉妬じゃねぇの? もてない野郎どものさ
 まぁもし仮にそうだとしても… そうかもなぁとは思うけど 多分」
B「全否定しといて何だよそのオチ お前だって疑ってんじゃん」
A「だって あいつが両刀って出来すぎだろ いかにもじゃん」
B「まぁそうだよな 美形の両刀って出来すぎだよな」
A「だいたいな その手の噂って 滅多に事実なことねぇだろ?
 やだやだそういうの 苦手だよ 音楽関係者のホモネタってやつ」
B「だ…よな あんまり想像したくないよな」
A「そうそう 見ろよ あっちの女ども ナルセに気づいたぜ」
B「あーモテモテだな ムカツクなぁ やっぱさ…あいつホモでいいんじゃねぇ?」
A「ああ そうだ ホモだホモ 女なんか興味ないんだぜ ザマミロ」
B「…なにげに虚しいなぁ」


☆☆
12月17日 某ライブハウス 奥のボックス席

レイジ「それでさぁ どういうわけだこれは? 
     何でこんな奥まった端っこで 指くわえて見てないと駄目なんだよ?」
ナルセ「指なんか 咥えてない」
レイジ「う! お前が咥えるとか言うなよ エロいぜナルセ」
ナルセ「…セクハラしか言えないなら黙ってろよ レイジ」
レイジ「なら言わせて貰うぜ お前な 俺ら何でこんな隅っこだ?
     ダチならもっと真ん中のテーブル席陣取って 来たぜ!って顔して
     アピールしてやればいいんじゃないのか?」
ナルセ「ここでいいんだよ」
レイジ「…まぁナルセ先生は おモテになるから?
     女子たちに気づかれない配慮なんですってことかもしれませんけどね?」
ナルセ「別にそうじゃない」
レイジ「じゃ 何でここだよ 意味わかんねぇよ」
ナルセ「聴いてるだけでいいんだよ 別に姿が見えなくたっていいんだ
     店なんかでお互い顔を合わすは必要ないさ」
レイジ「うわー キモッ!乙女かよ お前?」
ナルセ「うるさい だいたい豪だって俺が見に来てるのが分かったら
     迷惑なんだよ 俺は豪に迷惑をかける気はない」
レイジ「また飽きずに喧嘩してんのかね キミたち」
ナルセ「してないよ そういうことじゃない 良からぬ噂が立つとマズイからさ」
レイジ「マジで言ってんのかナルセ? 
     荒野な豪ちゃんにホモネッタな噂が立つと困るからか?
     なんと相変わらずカワイイ男だね オマエさんは」
ナルセ「偏った世界のお前に一般の常識を教えてやるよレイジ
     ゲイネタなんか思うほどメジャーじゃないぜ
     いいか 豪は元メンバーだ しかも結構テクでは引手数多な逸材だ
     そこへ昔のバンドのリーダーが わざわざ敵地へ乗り込んで
     正面テーブルでご拝聴だ さぁ普通はどう思う?」
レイジ「豪が入ってどうバンドの音が変わったのかと 喧嘩を売ってる」
ナルセ「それもある それを見た客やメンバーはどう思う」
レイジ「…取り返しに来たのかと 変な噂が立つな」
ナルセ「ご名答 それだよ 俺はそれを避けてるんだ」
レイジ「なーんだ てっきり良からぬ噂だっていうから
     またいつものお盛んなアッチの噂かと思ったぜ」
ナルセ「ソッチの噂なら この店でお前と仲良く喋ってる間に
     尾ひれと背びれでもついて もう出回ってるんじゃないか
     ホモネッタ好きなヘタバンド野郎とかがな
     レイジは有名だけど 人にはテリトリーってのがある」
レイジ「ああそうだな このへん管轄じゃないもんな
     俺を知らない人間も多そうだ じゃぁ もっと密着して
     見せつけてやろうか おもしれぇ♪ いっそ俺たちやり直す?」
ナルセ「やめろよ …豪に見られたらどうする」
レイジ「ナルセは云ってること滅茶苦茶で カワユイねぇ♪
     でも浮気はしてるじゃんか 知ってるぞおじさんは」
ナルセ「レイジとはしてないだろ」
レイジ「いじわるだな 俺としようぜ? 今更ケチるなよ」
ナルセ「うるさい 黙れよ  ほら 次のステージが始まる―――」


☆☆☆
12月17日 某ライブハウス ステージ左端

…よりによって どうしてあいつは あんな所で
俺の一番苦手な奴と一緒なんだ
それで隠れてるつもりかナルセ?
お前は目立ち過ぎるんだよ

ほらもうお前の方を指差してる奴らがいるぞ
あっちの席の女の子たちも気づいた様子だ
ステージが終わればテーブルまで近づいて行くんだろう
どうせ美人な子ならレイジが相手をするから
心配はないけどな
だからツレがあいつなのか?
待てよ俺
何だ心配って…何が心配だ?

…気が散る まったく気が散るな
気が散るんだよ ナルセ
頭にくるぜ 何しにきたんだ

何故 そんなとこで 見てるんだよ
堂々と真正面で見ればいいだろう
それならいっそ気にならないのに
人の隙間から そんな風に俺のことを じっと見つめるな
お前のブラックグラス下の視線なんて
俺には分かってしまうんだから
何を考えてる? お前は何を考えてるんだ

俺が 歌う時
お前は入れ替わった位置に静かについて
まっすぐ正面を向く
だけど俺の背中は ずっと視線を感じる
お前はクールに正面を向いているだろう
でも分かった

お前は 俺を見ていた
見えなくたって分かる
視線は感じた お前の視線だ
俺の背中は いつも視線を感じていた
その視線を 今 感じるんだ

…自惚れ?
そうだ これは相当な自惚れかもしれないな
あいつが今も俺を見てるとは 限らないじゃないか
ここのリーダーヴォーカルは 案外あいつ好みだし
彼を見てるのかもな そうだ 彼だな
ナルセの奴 覚えてろ
本当に気が多い奴だ 許さんからな


いや 違う やっぱり俺だ
あいつは 俺を見てる
俺を 見てるんだ
奥の席から まっすぐ 俺を見てる

誰かに気づかれたらどうするんだ
俺の方ばかり見るなよ
バカ 気が散るんだよ

まったく

? 何だ 何か 言ったか

あいつの唇が 動い―――

チッ しまった
ミスった
集中しないと… 分かった睨むなよリーダー
もう間違えない

クソ
馬鹿ナルセ
こんなことで 気が散るなんて 考えられん
お前が客席にいるだけで どうしてこんなに気が散る?
俺の修行が足りないだけだ

終わったら 覚悟しておけよ
ステージから降りて 腕をつかみにいってやる

そういう度胸が俺にあれば だけどな
俺には ない
そう
だから あいつは 不安で浮気するんだろうか

俺には あいつとの関係を認める勇気がない
誰だってそうだろう そうじゃないのか
ナルセも俺も 男なんだ カミングアウトだと?
そんな軟派なマネできるか 秘めていて何が悪い
…否 告白しても 男らしい奴はいる
分かってる だが俺は奴らとは根本の考え方が違う
考え方の問題だ 奴らは強い 俺は弱い
弱いんだ
女は昔から苦手だった だから誰も近寄ってこなかった
いつの間にか 男と恋愛をするようになっていた
女々しいな まったくな
男のくせに男が好きだなんて 軟弱だ

でも ナルセと別れる気にはならない
むしろ逆だ どれだけ裏切られても
俺は ナルセとは終われない
終われなかった
一度別れて 思い知った

あいつを失うのは 絶対に嫌なんだから
仕方がないじゃないか
それを軟弱だというなら言えばいい
あいつのいるバンドを離れて 後悔しないわけじゃないが
俺が苦し紛れに選択した正しい道だ
離れてみて判ったことだって多かった
もう先に進むしかないんだ

! まずい 跳ばした 二度目かよ
…悪かった すまんリーダー
目が怒ってるのはもっともだ
これはプロのやることじゃない
集中するんだ
もう他のことは考えない
誓う 今の俺にはこのステージだ
ステージ

毎日の このステージが全てだ そうだ そうなんだ
一番は音楽だ だからナルセは二番目だ
ナルセが人生の最優先じゃない
愛だけに生きる男がいるか?
そんな軟弱な男になる気はない
絶対にない 俺には無理だ

俺はそういうキャラなんだ
俺に甘ったるい何かを望むな 俺は俺だ
言葉では表現できないんだ それが俺だ
荒野の俺で お前はいいんだろう?
俺に言葉なんか望んでないよな?
何か言えだ何て 言わないよな?

頼むから 俺にそれを 望むな
望まないでくれ

…畜生
今夜は 覚えてろよ ナルセ


☆☆☆☆
12月17日 某ライブハウス 奥のボックス席

そういえば
向かい合って 豪のステージを見るのは初めてかな

いつも一緒のステージにいたし
いつも俺の後ろで 豪はギターを弾いていたし
斜め後ろからの 豪の視線を 感じていたのが常だったものな
たまに豪が歌うときは 逆だったけれど

今 俺が見てることに気がついてるかな豪

人が沢山踊ってるから 隙間からしか豪の姿が見えない
てことは あっちはもっと視界が悪いってことだ
それなら見えるわけないか
俺もステージから客席なんて ほとんど見えないもんな
まぁ俺は濃いめのグラスかけてるからなんだけど

でも
気のせいか こっちを見てる気もするんだけど…
気のせいだよな… うん
真面目な豪が 俺を見ながら演奏するわけがない
豪は音楽が一番だからな

そういや ファンの子だちがいつも言ってるって
ジュウリが言ってたな
俺と よく目が会うんだって ナルセは
よく自分を見てるんだって 騒いでる子達がいるって
ナルセは罪な男で もてるわよねって
そんなこと言われても
ステージからは誰が誰だかなんて
まったくわかんないんだけどな
たまに視線が合う時はあるけど
ふいに合うだけで 見てるわけじゃないからな

でも 思うんだろうな
こんな風に
『私を 見てる』って

ずっと私に向かって歌ってくれてる――って
思い込むんだろうな

俺に向かって 演奏してくれている 豪
…てな風に

ちょっと待てよ オトメかよ俺は?
バカバカしい
レイジに反論できないじゃないか

いい曲だな 豪のギター 久々だ
こうして客席に座ってると
彼女たちの言うことも分かる気がするな
わずかな明かりの中で
想いを寄せる人物を見つめていると
一対一で 見つめ合ってる気分になるんだな…
なるほどな… そうか 気持ち何だか分かるなぁ
他人事じゃない気分だ うん
これからはもっとファンを大事にしよう

どうせ乙女ちっくな気分なら 言いたいことがあるな
演奏中は皆 ステージを見てるんだから
気付かれることもなし
おっと ちょうどいいや 次はラブソングだ
チークタイムはフロアに人が少なくなってるし
豪にも見えるかもしれないよな

ゴ・ウ・ ア・イ・シ・テ・ル・ヨ

なんちゃってな
見えたかな 見てないか 見てるわけがない
恥ずかしげもなく よくやるよ俺も

あ 音 跳ばした 何やってんだバカ

まてよ さては見えたかな?
まさかな
でも…
睨まれてやがる ざまーみろ
豪でも動揺するんだな 面白い♪
たまにこうして見に来ようかな
動揺する豪って 見る価値あるよ
単にミスっただけかもしれないけど

ん レイジが露骨に嫌な顔してる
こいつ 唇読むからなぁ ヤナ奴…
暇さえあれば 俺に絡むんだからな レイジは
レイジの中身は 複雑だけど
結構頼りにはしてる それだけだ

俺は 豪が いつでも俺のところに
戻ってきて そこにいてくれたらいい
手を伸ばして きつく 抱きしめてくれたらいい
失神するくらいに
豪らしく 熱心に俺を抱いてくれたらいい
豪は いつも激しくて 優しい
あんなにベッドマナーのいい奴は 他にはちょっといない
多分性格なんだろうな…
あれじゃ愛されてると
俺が思い込んでも仕方がないだろ

誰にも 望んだことはない
俺は 豪にしか それを望まない
本当に
本当なんだ 豪
お前は 信じないけど

もっとも ことの成り行き上
他の人物と そうなることはあるんだけど
まぁ そういうことは仕方ないだろ?
俺が誰かに愛されるのは 止めようがない
俺が望んだ結果じゃないんだし
俺は 多分許されるよな
許すことも 大事だろ 愛ってさ

大事なのは
俺が豪を 本当に必要としてるってことなんだから

時々 お前がステージにいないことが
死にそうに辛いことがあるんだ 豪
一緒にステージに立ちたい
豪がいなくて 何かが根こそぎ 抜かれたように
ステージで ひとりぽっかりと寂しくなる
喪失の穴が大きくて 埋まらないんだ
豪のギターがない
歌がない
後ろからの視線がない

それだけが 俺に突き刺さって 耐えられない
立つのも辛いことがある
でもビジネスシーンまで 一緒にいてくれとは
さすがに俺でも望めない
豪は 恋愛以外は 一度決めたら頑固だし
責任感も強い 途中で放り出したりしない
そこが いいとこだ

俺は バンドのリーダーだから
誰にも弱音は吐かないけどな

みんなだって 俺と同じ気持ちになるときはあるだろう
セブンレイジィ・ロードのリーダーは このナルセだ
誰が居なくなっても 俺だけは しっかりしないといけない
バンドに豪がいなくても
バンドは いつも存在するんだ

豪も バンドも 音楽も 俺にはどれもが一番大切だ
順位なんかつけられない
全部 同列だ 贅沢でもね

ただ本気の恋愛に関しては
いつだって
豪なんだ
腰の抜けるような愛撫じゃなくて
メロメロになるような殺し文句を
たまには 囁いて欲しいけどな

あの堅物じゃ 所詮無理な相談だけど

…やべぇ
想像してたら何だかエロい気分になってきたな
俺がこんなところに来てて 今夜は怒ってるだろうな 豪
でも怒ってる豪は 凄くいいんだよな


早く帰って 豪としたい…
早く帰ろうぜ 豪

あれ? レイジはどこへいったんだろう
帰ったのかな
そういえば クリスマスまで
あと何日だっけ?

クリスマス・イブの選曲何にしようか
今年はヘミにも歌わせよう
歌なんか歌わないと言ってたくせに
あいつ レイジの店で歌ったらしいからな
今や伝説になる勢いだ
俺のバンドの女王様は 大変気まぐれで困る



☆☆☆☆☆
12月17日 某ライブハウス 入口のドア外

ナルセの乙女ぶりには まいるよな
もう見てられないって感じだぜ
ありゃ駄目だ 豪も可哀相にな
あんな不誠実な男に 惚れられて
あいつは 真面目でまともだからな
昔の俺に 似てて苦笑だ


もうじき クリスマスか
うちの店や シックスティーズ 外装も内装も
煌びやかで暖かいクリスマスの飾りと電飾でいっぱいだ
店内のキャンドルを見ると ちょっと心が弾むよな
このシーズンは 寒いのに絶好調だ

そういや飾りつけは ナルセたちがやってくれたっけな
ピアノ横の大きなツリーの飾りが大変だったな
あの店は天井が高いからな
あのお祭り好きなリンが 音を上げてた
あそこで あと何年クリスマスを迎えられるかな
ピアノ・マン 厄介な荷物だよ

この季節は
街のイルミネーションに誰もが惑わされて
浮き足立ってしまう魔法のシーズン・イベントだ

空気が冷気で澄んでる分 いるのは魔物じゃなくて
灯の中に 天使がいるっていう気がするな
楽しく行こう
暗くなる要素なんか 何にもない
どこかで誰かが抱えてる いくつかの悩みなんか
こんな季節に 全然たいした問題じゃない

そうなんだ
電飾の光は 闇の中でこそ 輝いているのだから


―――ラストソングは 定番のクリスマス曲か
クリスマスか…
シックスティーズで セブンレイジィの演奏と
ナルセのクリスマス・ソングが 聴きたいな…



☆END☆
photo/真琴 さま (Arabian Light)

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