ロマンシング・セイリング

登場人物  新条社長+レイジ

「もしかしてモダンプランニングの
 新条社長じゃないですか?」

「えっ? あっ 要オーナー…?」

「これはこれは 変なところでお会いしちゃいましたねぇ
 社長 先日の忘年会は良いお客様をご紹介頂いて
 ありがとうございました」
「いやいや こちらこそ急にすまなかったね
 彼らはご迷惑かけなかったかい」

「とんでもない 優良ランクのお客さまですよ 
 新条社長の面子を潰すような方々ではありませんでした
 感謝致しております お客さま方は楽しんで頂けたでしょうかね」
「うん とても楽しんだみたいでね すごく喜ばれたよ うちの取引先でね
 ちょっと二次会に上品に砕けた感じの粋な店を紹介して欲しいって頼まれてね」
「誉められたんだと受け取りましょ 社長は良い店を手に入れていらっしゃる」
「手にって あれはきみの店じゃないか」
「うちの店はこのとおりオーナーが気紛れ者でしてね 客を選ぶんです
 偏屈オーナーに選ばれた最高のお客さまだけが 利用できる店です」

「偏屈オーナーに選ばれてはどうも複雑だな でもきみは本当に変わっているよ
 凛としたクールさなのに話すと面白くて楽しいし 闇夜に精通していそうな
 どこか得体がしれない雰囲気がミステリアスだ」
「得体がしれないってのは酷いなぁ 社長 これでも昔は陰気で暗いキャラでしてね
 そういえば 社長は何故こんなところに?
 ここって…いわゆるお見合いパーチーってとこですよ?」
「小声で確認しなくても分かってるよ 間違って紛れ込んだ訳じゃないからね
 といって 私が申し込んだわけでもないんだがね どこにでもお節介な人はいるものさ
 ところでこんな場所で社長って呼ぶのは勘弁してくれよ 新条でいい」
「失礼 セレブ狙いの御婦人方が押しかけかねないですね
 しかし新条さんは その…独身だったんですか?」
「うん バツイチではあるけどね」
「しぃ… ここはバツイチ専門のパーティですよ」
「えっそれは失言だったな しかし貴方もここにいるってことは?」
「そう バツイチの独身です …といいたいとこですが
 わたしは仕事でしてね 余興のピアノ弾きなんですよ」

「要さんがピアノを弾くって話は本当だったのか 意外じゃないような 意外なような」
「そうでしょうね 店の名前はピアノマンですからね わたしもピアノを弾きます
 でもお遊び程度です」
「さっき話してた取引先の人間が言ってたのを 言い忘れていたよ
 なんでも急にオーナーがピアノを弾き出したら すごい美女が横に立って
 ハスキーヴォイスで やけにセクシーな感じの歌を歌いだしたって興奮して話してくれたんだ 
 そんな余興を私は今まで経験したことがなかったから 居合わせなくて非常に残念だったな」
「ははぁ それはヘミですね シックスティーズのサックスのヘミが酔っておふざけで歌いましてね
 あんなことは初めてですよ もうないかもしれませんね
 わたしもヘミが入る前に シックスティーズでキーボードをやってたんですよ
 まぁヘタクソでして クビになりましたけどね」
「…シックスティーズで?」
「ええ 新条さんもよくご存知のナルセのバンドにいました」
「よくご存知って どういう意味かな」
「ご存知でしょう? あそこの男性メインヴォーカルはナルセっていうんですよ
 勿論知ってますよね? 時々貴方をあの店でお見かけしてますよ」
「え ああそうか そういう意味か そう知ってるよ」

「あやしいなぁ 何を慌ててるんです? 別にね 彼とプライベートで関係があっても
 わたしは別に驚きませんよ あいつのクセが悪いのは知ってますから」
「何の話かな ナルセくんはそういう趣味があったのか 知らなかったな」
「人の性癖を喋ってまわる趣味は別にないんですけど まぁそうです
 しかも手癖が悪い わたしもそうです おっと手癖の話じゃなくて趣向の面でね」
「随分はっきりとカムアウトするんだね …ナルセくんはきみの過去の恋人?」
「表向きが得体がしれないだけに 裏側は素直でいようと思いましてね
 わたしはいつも誠実で一途で情熱的なんです ナルセは過去の恋人でしたよ 
 もっともあっちは本気じゃなかったけど 御互い好きなタイプは合いますね
 新条さんは わたしの好みですよ」

「カマをかけてるのか?それとも口説いてるのかい? 場違いじゃないかな」
「でしょうね ここはバツイチの男女が新たな配偶者を探すお見合い会場だ
 わたしの余興が終ったら ちょっと飲みにいきませんか?」
「私がこのパーティで 新たな配偶者を探すつもりがあっても?」
「貴方がわざわざ申し込んだわけじゃないんでしょう」
「だけど来たってことは 何か期待があったということだろう」
「いいですよ そういうことなら無理にお誘いはしません
 ちょっと鍵盤と遊んできますから その間にもう一度考えてくださいよ
 最後に弾く曲目を 貴方に捧げますよ 新条社長」
「強引だな 何を弾くんだい」

「何かな? お楽しみ」




「セイリングか クリストファー・クロスだね
 なかなかどうして 素晴しいピアノでしたよ 要さん」
「美しい曲は雰囲気が助けてくれますね 本当はアップテンポの曲が得意でしてね
 あえて苦手なのに頑張りましたよ デートしてくれる気分になりましたか?」
「どうしようかな どうしてきみは私のような年上者をデートに誘いたいんだい 要さん」
「レイジと呼んでください さっき言いましたよ 好みなんです 新条さんが」
「私のどんなところが?」
「包容力があって 優しくて穏やかなところ でもそう見えて
 実は情熱的なところかな そして引き際が潔くて見事なところ
 まるで騙したつもりが最後で逆に騙されていたような気分になるところ」
「どうしてそう思うのかな」
「ナルセの浮気相手にしては珍しい引き際の潔さだと思いましてね
 それでいてこんな所で 失恋の傷を癒やそうとしているいじらしい貴方をほっとけなくて
 つい声をかけてしまったわけです」
「何でもお見通しなんだね」
「頼まれてもいないナルセの用心棒もやってましてね 申し訳ないですが
 あいつはそういうふしだらな男なものでトラブルが耐えない
 どんな時も 相手のミストレスの把握は完璧に近いですよ」
「彼は自由なんだ とてもひとりに繋ぎとめておけない だから身を引いた それだけさ
 私は寂しい男だよ たった一人と見つめあって暮らせればいいなんていう夢を
 本気で考えはじめたらもう六十代だった 老年の歳だ… 人生は早くて儚い
 今日はもう失礼するよ 要さん」

「待って下さい新条さん 気分を害されましたか」
「いいや そんなことはないよ ただね…
 いい曲を聴かせて貰ったしね このまま波に揺られるような良い気分で帰りたいんだ
 誰かに想われることは悪いことじゃない 答えることは出来なくてもね あの曲は私が貰っても?」
「ええ 貴方のために弾きました」
「そうか ありがとう 慰めになるよ 私はまだこれでも傷心真っ只中でね」

「新条さん」

「まだ何かあるかな」

「わたしもたった一人と見つめあって生きられたらいいと 考えたりするでしょうかね
 貴方くらいの歳になれば?」
「さぁね きみも自由そうだし 一人に縛られるのはもったいないのじゃないかね
 自分らしく生きればいいだろうと思うよ きみも私も」
「たとえば お見合いパーティで相手にあぶれた可哀想な弱気ノンケの若い男を
 苦笑まじりに同類だねと話をあわせて 話術でもって落として獲物を獲るような生き方とか?」

「…要さん… いやレイジくん きみはマナー違反だよ
 ここがきみのテリトリーみたいだから 今日は退散することにしたまでだ」
「無作法はわたしの売りでしてね 別にテリトリーじゃないですよ
 こんなところに来る男なんて 全然趣味じゃない 貴方は別ですけど
 参りましたよ新条さん さすがわたしが惚れた人だけのことはある
 どうもわたしは貴方のハントの邪魔をしちゃったんですね?
 セイリングじゃなくてハンティングだ 申し訳ないことをしました」
「ハンティングとは品が悪いね 私は気持ちよくセイリングしてたつもりだがね」
「お詫びに良かったら…このホテルの上のバーで 一杯やっていきませんか?
 悪酔いしても うってつけの素敵なスイートもあるしね… 私では役不足ですか
 わたしが先に潰れたら 介抱してくださいよ?」

「懲りないね きみも」

「性分でして」

「私は情熱的なんだろう? ある意味恋をしたらしつこいタイプだと思うよ」
「見事な潔さも憧れますよ?」
「こんなつまらないオジサンを捕まえてどうするんだい 相当きみは変わっているな」
「ご謙遜を 新条社長はすごく素敵なオジサマですよ うちの従業員も社長に純粋に憧れてるのと
 ちょっとポウっとなっている若い奴とかがいます」
「それならゆっくり話しを聞こうかね きみの店で
 それは可愛い男の子かな 綺麗な男かな 三十後半までの美形が私の標的でね
 きみは年齢だけ範囲外だろう?そうは視えないけど範囲に入れるには中身が危険すぎるからね」
「社長は思慮深いんですね 単純なナルセくらいが気楽でいいですか?
 うちの従業員に手出ししないで下さいよ 困りますね」
「きみがいい子がいると誘ったんだろう 寝た子を起こすなって昔から言うんだよ」
「タヌキ寝入りのくせに」

「ひとりと見つめあって生きるのもいいと言ったのは本心だよ
 ナルセくんにはもう少しで本気になるところだった…傷心なのもまるっきり嘘じゃない
 ま 年寄りのいうことは 素直に聞いて流すものだ
 でないと痛い目にあう よ?」
「今あってますよ その不適な笑み…オレの股間にもかなりの痛みを伴いますね」
「尻尾を出したね きみには用心しないとな
 じゃあせっかくだから賞味しようとベッドに押し倒したりしたら 反対に腕を取られて
 無理矢理にヤラレちゃいそうだからね? 私はそっちの経験はないんだ
 そういうのは お断りさせてくれないかね」
「新条さん たまにはオレみたいなのに 身を委ねる冒険のロマンスをしませんか」

「きみは誰かに似てると思ったら」
「似たもの同士 オレはちょっと自分の将来を楽観視できましたよ社長 老後も楽しそうだ」
「それは良かった ではお互いにテリトリーを犯さないプロミスを誓い合って…」
「誓い合って?」

「私の穴場の店を紹介する 雑多でね きみの好みにあうオジサマもいるかもしれない
 私の代わりにするといいよ 性癖はそれぞれだ」
「別にオジサン相手にタチやるのがオレの専門ってわけじゃないんですけどね
 それにしても貴方のような呆れるほど強かで 侮れないオジサマは初めてすよ
 まいったな 歳の功ですかね」

「長生きはするもんだよ 要オーナー
 さぁグラスを持って
 お互いのハンティングの成功に乾杯しよう」



「参りました …完敗です社長」




END
photo/真琴 さま (Arabian Light

※戻る時は窓を閉じてください