カウントダウン・ニュー・イヤー


登場人物 美紀+咲子 
豪+リン+アキラ+
レイジ+ヘミ+ナルセ

12月24日 深夜01時40分
オールディーズ・ライブハウス「シックスティーズ」

「ああ〜もう!信じられない!嘘だと言って神様!アンビリーバブル!天国と地獄!」
「美紀さん…突っ込み出来ないほど ハートブルーですよ私も…」
「どうしてナルセがこんな日にいないのよ? ありえないし!金返せ!」
「それは言い過ぎですよぅ〜でも本当に大丈夫なのかなナルセ…体調を崩したって…心配ですよね」
「納得いかん! 私はナルセのクリスマス・ソングたった1曲を高い割り増し料金で聴きにきたのよ!
 それだけでチャージは払い足りないほどにね!なのに!いないって冗談でしょうよ…はぁ」
「まぁ皆同じ気持ちですよ美紀さん もうやめましょうよ 早く元気になってくださいデスヨ」

「…絶対 豪のせい」

「…は?」
「絶対 辞めた豪のせいよ!豪がいなくて寂しくて体壊したのよ!そうに決まってる」
「もしもし?なんでそうなるのかな?それは最近の中ではスペシャル級の凄い妄想ですね
 美紀さんてば 新しく入った美形のギター・アキラくんとカプにしてご機嫌だったじゃないですか?」
「それは何も萌えがないと見てて悲しいからよ でもやっぱナルセには豪なのよ…そうなのよ
 ねぇ思い出してみて咲子 あの話を聴いて もっと豪のことを思い出してよ」
「はいはい 私が見なかった豪ちゃん最後のステージの話ですね もう何十回も聞きましたよ」
「あんたね咲子 だいたい豪の最後のステージに来なかったってどういうことよ?」
「またそれを蒸し返しますか だって仕方ないじゃないですか 急な残業だったし
 私ってそんなに豪ちゃんのファンじゃないしぃ… もう絡まないで下さいよ」
「いい?あの日 いつもスマートに立ち位置変わっていた豪とナルセがね 
 オネスティを歌いに前に出た豪とすれ違うとき… すれ違うときに!
 ぶつかったのよ!豪がナルセに肩から正面からぶつかっていったのよ!!ヤラシイ!
 今まで一回もぶつかったことなんかないのによ!寡黙な豪の無言のメッセージなのよ
 失神しそうに盛り上がったわよ私の妄想は!この日最高潮!脳内イリュージョン炸裂!
 この最後の日に私に対する萌えサービスですか!?」
「違うと思いますけど」
「そしてね ナルセってば…豪にぶつかられて 凄く驚いた表情してたのよ!」
「ナルセはいつもサングラスかけてて 表情は分からないと思いますけど」
「分かるわよ!驚いてたのよ!それは間違いないの! 私の位置からは
 豪が後ろ向きで 豪の表情が分からなかったのが悔やまれて仕方ないのよ〜」
「豪ちゃんはどんな時も無表情か しかめっ面だと思いますけど」
「苦渋の表情なのよ彼の中はいつも そうリンと仲良くするナルセを見てて辛いのよね」

「どんどん暴走してきましたね まぁいいですけど ソレっていつ止めたらいいですか?」
「大体ね あんな日に咲子がいなくて 私はひとりで悶絶死しそうになったのよ」
「だって豪ちゃん萌えないもん私… とにかくね 今日はリンが頑張ってましたよね♪
 ナルセがいない分 凄く張り切ってたし ヘミとのセッションも悪くなかったですよね」
「普通に女の話なんかしないでよ ヘミなんか全然問題じゃないし」
「ヘミって私 好きだけどな〜 セクシーなのに男っぽいとこあるじゃないですか
 彼女ってもしかして男かも?」
「あんた相当イッテルわね ちょっとムカツクんだけど 性格の不一致?趣味合わなすぎ」
「八つ当たりしないで下さい だけど私しかいないでしょう?美紀さんの妄想趣味を共有できる人間って」
「…はぁそうよ 私を捨てないでね咲子?
 ねぇ来年かな ナルセが復活するのって?カウントダウンも もう駄目かな」
「そうですねぇ なんか店長さんの話だと年内の復活難しそうでしたよね」
「地獄の一丁目だわ 来年復活したら またつきあってね 咲ちゃん…」
「ねぇ美紀さん じゃあねこれどうです? ナルセの看病に豪ちゃんが慌てて行ってるの」
「…ソレもらったわ 本当にそうならいいなぁ あーあ カウントダウンどうする?」
「そうですねぇ♪ でも一緒に行きましょうよ 美紀さん」
「あんたはリンさえいるならいいと思って…」
「えへ♪ あのねリンとアキラくんも結構いいなって最近思うのーあ・た・し」
「王道まっしぐらよね」



12月27日 深夜02時30分 クラブ「ピアノ・マン」

「考えられんな 俺がいた時には考えられない不祥事だ どうするんだリン」
「俺に振られても困るよ豪 俺はそもそもあんたが悪いと思うぜ?」
「何で俺のせいなんだ 尻軽のヴォーカリストがどこぞで病気をうつされてきたことに
 俺は何にも関係ない 責任転嫁もいい加減にしてくれ」
「病気って…ただの風邪だよ 驚くだろ ヤバげなこと言うなよ 豪らしくないぜ」
「どっちにしろこのシーズンにステージに出られないなんて失態をやらかすとはな 最低だ」
「うん…年末だからねぇ 稼ぎ時のクリスマスイブから一番人気のナルセが
 体調崩して休んでたら 店には大きな打撃だよ…困ってるんだ俺たち」
「店長はどうしてるんだ」
「今にも失神して倒れそうさ ちょっと壊れてハイになってるけどね」
「だろうな…気の毒に」
「そんなわけだからさ 豪が助っ人に来てくれよ メインで歌って欲しいのさ」
「…歌か… ギターはいいのか」
「ギターは新しいメンバー入れたもの アキラ知ってるだろ?問題ないよ」
「クリスマスソングを聴こうと久々に店に来たら バンドにナルセがいないなんてな
 目当てで来たお客はもう最悪だな」
「あんたナルセに会いに来てたのかよ?だったらこんなとこにいないで…」
「もう俺たちは終ったんだ あいつに会いに行ったんじゃない
 ハウスバンドをクリスマスに聴きに来た客の話をしてるんだ」
「終ってるのは豪だけだろ あんたがバンドを辞めて勝手に他の店に移っちまうから
 あいつは熱をだして寝込んでるんだ ナルセが体調崩すなんてこんなこと初めてだよ
 今までどんなことがあっても ステージの前だけはちゃんとしてたんだ
 これからセブン・レイジィ・ロードはどうなるんだろうな 眩暈がしてきたよ」

「あいつが今までちゃんと出来てたのは 俺が常に健康管理をしてたからだ
 どうせうるさい俺がいなくなって羽を伸ばし過ぎたんだろうさ 風邪だろ?じき治る」
「随分冷たいんだな豪 言っとくけどこの半年で豪を含めてバンドメンバーは三人もチェンジしたんだ
 リーダーのナルセのストレスと負担はそりゃ凄いもんだよ
 あいつはそういうとこは凄く気を遣うヤツなんだ 分かってるだろ」
「そうだな おまえが一番ナルセを分かってるんなら 帰って世話でもしてやれよ」
「またそういうことを言う もう四日間も休んでるんだ 年末のカウントダウンのイベントも無理だ」
「新しいギターだって歌えるヤツなんだろう いい店から引き抜いたって聞いてる」
「そうさ美形だし なんたって若いし声もいいけどね でも歌じゃナルセには敵わない」
「俺だってナルセには敵わない けど仕方ないな 大晦日 飛び入りで2、3曲俺も歌うよ
 急に辞めて店長にも迷惑かけたからな 罪滅ぼしでノーギャラでいい」
「え ホント?マジやった! あれから豪のファンも離れちゃったからね
 ネットサイトで大晦日のスペシャルゲスト書いておこう♪」
「余計なことするなよ 相変わらずノリの軽い男だなおまえは 今のバンドにバレたら問題だ」
「じゃ ちょうどいいじゃないか 戻ってきてよ豪 ついでに復活ってことでさ」
「そんなカッコ悪いことできるか」
「カッコ悪くて何が悪いのさ お客は二人のデュエットがまた聴きたいに決まってるよ」
「俺はあいつとはもう演れない …リーダーとしてのナルセも メインヴォーカルとしての
 ナルセにも文句はない だけど 付き合う相手としてのナルセは最悪で個人的に受容れられない
 あんなにクセの悪いヤツは会ったことがない もう俺は我慢しないことにしたんだ」
「でも結構長いこと続いてたじゃないの ナルセは今までで豪が一番好きなんだよ?
 本気は豪だけだ 俺はずっとナルセの遍歴みてたから分かるんだよ
 あのレイジとだって豪のことが原因で別れたんだ だから分かってやれよナルセの性格を」
「分かるか わかりたくもない 俺と付き合っていながら何故他のヤツとも関係できるんだ
 本当はレイジとも切れてないんじゃないのか」

「つい恋人の気持ちを浮気することで試してしまう そういうタイプって理解できないかな?
 本当の恋人ならそこを許してやれよ豪 何年も何も言わずにあいつの浮気をほっといたくせに
 どうして今さら我慢することが駄目になったんだよ 豪は勝手だよ」
「勝手?浮気を許せない俺が勝手なのか?おまえもナルセに感化されてるな
 いい加減見るに耐えかねたんだよ だから俺はこれ以上浮気するなら別れると初めて言った
 それで二度としないと約束しておきながら またやったんだ これ以上何を信じればいい?
 あいつの性質が一生そういうことなら 俺にはもう付き合いきれない それだけのことだ
 絶対に言いたくなかった歯の浮くような台詞まで俺に言わせておいて
 まだ俺を試すヤツの神経が信じられない」
「言いたくないって何だよ 愛の告白?そんなの最初に言うだろう普通
 そんなこと黙ってる豪の方がわからないよ 告白が遅いんだよ
 だからナルセは不安がってどんどんエスカレートして…そうだ うんそれに違いないな」
「俺が悪いっていうのか」
「勿論ナルセも悪いよ?全部俺の推論だもん」
「言葉言葉ってあいつもそういうけどな 何年も付き合ってるんだ
 そんなもの今更言わなくたって分かるだろ 女じゃないんだから」
「あのな豪 自分が知ってる気持ちは 相手は知らないのが普通だ 言わないと他人には分からないよ
 女ばかりが好きだと言葉で言って欲しいわけじゃないさ 超能力者じゃないんだから 基本だろ」
「男がそんなに軽々しく言えるか」
「うわ イマドキ硬派だね そういえば常連の子たち 豪のこと荒野のような人だと言ってたぜ」

「荒野?どういう意味だ?」
「字のごとくひとり荒野 いつもひとりで誰も寄せ付けない 昔からそうなの?」
「性格を言ってるのか?昔からそうだ でも別に誰も寄せ付けないわけじゃない
 …誰も寄ってこないんだ 同じ意味かもしれないけどな」
「でもナルセは寄ってきたよな ナルセはどうしてあんたの荒野に入れたの」
「…知らん 勝手に入ってきたんだ あいつは荒野が好きなんだろう
 荒野が好みなら 浮かれた言葉なんか俺に期待しないことだ」
「豪が言葉なんかどうでもいいようにナルセも…誰かと寝ることなんかどうでもいいことなんだ 多分」
「俺はそれを許せないと言ってる 俺にとっては全然よくはないことだ」
「だろ? 御互い言ってることは同じことさ」
「リン おまえの言いたいことは分かるさ
 だけどその結果 俺とナルセは価値観が違うってことだ 性格の不一致ってことだろう
 それで御互いの信頼関係は大体が駄目になる つまりはそういうことだ 難しいことでもない」
「それを許してやればいい 少なくともナルセはきっと言葉が欲しくても寡黙な豪のことを
 許してたんだろうさ だけどそれがストレスで浮気という形になった …て見解をすればどう?」
「…おまえの推測なんか聞いてない とにかく終ったんだ リンには関係ないことだ」
「分かったよ 本当に頑固なんだから ねぇ今度は俺とつきあう?俺は浮気しないよ 豪一本で行くから」
「おまえの軽口はいらん 俺は当分誰ともつきあわない」
「ナルセがまだ忘れられないから?何故忘れられないのか もう一度考えてみろよ豪」
「店長にいっといてくれ 当日参加する 選曲をメールしてくれ じゃあな」
「…ナルセのとこね 明日新しいギターのアキラが様子見に行くってさ いいのかよ」
「まったく問題ないな もう別れたんだから 御互い好きにするさ
ナルセはもう次の男を見つけたのか さすが早いな 良かったなっていっといてくれ」
「本当に言うからな俺 …なんだよ 豪の馬鹿野郎が!」



12月28日 午後02時11分 ナルセのマンション

「…アキラ?」
「あ 起きましたか ナルセさん? ちょっと待って ええっと
 熱は下がったかな …うん 下がったみたいだ 何か食べますか?」
「何…どうしておまえ 鍵…?」
「ジュウリさんから見舞いに行けって鍵 渡されました
 ジュウリさんと付き合っていたんですかナルセさん? 俺全然知らなかったや」
「違うよ 俺の別れた恋人から預かってたんだろう ジュウリは何かと鈍いくせに お節介やきで困る」
「姐御肌ですよね」
「ああ うちのバンドは女帝が多いからな」
「ははは ヘミなんか最たるもんですね」
「アキラは元いたバンドでヘミと一緒だったと言ってたな どこも同じだろうけど 
 うちのバンドも個性はきついよ アキラが来てから三ヶ月だな もう雰囲気には慣れたか?」
「はい ナルセさんがすごく気を遣ってくれるし 俺の居心地はいいですよ」
「そうか それなら良かった この半年の間でメンバーは三人変わったんだ
 怠け者のリーダーも多少は気を遣うようになるさ」
「聞いてますよ 俺が三人目だ ギターヴォーカルでは二人目でしたよね?」
「前のヤツも悪くは無かったんだけどな アキラの歌の方がもっと良かったからな」
「ありがとうございます なんかナルセさんに歌 誉められると嬉しいな」
「以前 二人の前にいた男が…長いことメンバーだったギターヴォーカルが
 なんていうのかな 良すぎてね…次のヤツには ついつい耳が厳しくなる」
「わかりますよ 豪さんですもんね」

「豪のこと 知ってるのか?」
「やだな この業界で彼のことを知らないミュージシャンはいないでしょうよ
 ギターは凄腕だし歌も巧い 技術的なものも ココに響くものも ね」
「キャラクターはちょっと堅いけどな」
「あはは 取っ付きは悪そうですね でもスキル的にはどこだって欲しがってた人材だ
 なのにまさかセブン・レイジィを辞めるなんてね 誰も思ってもいなかった展開ですよ
 一時はちょっとしたニュースでしたからね」
「そうなのか 疲れたんだってさ 俺のお守が もう俺にはリンしか頼るヤツがいないんだ」
「ナルセさんて すっごくしっかりした人だと俺 バンドに入るまでは思ってたんだけど」
「実際メンバーとして付き合ってみたら 違ったか?」
「そうですね ガラスみたいな人だなと思いましたね」
「ガラス? はっはー 初めてだな そんなことを言われるのは そんなに儚そうかい俺は」
「ずっと気を張ってて 休めるとこがあるのかなって 思ってましたよ
 そしたら いきなりぶっ倒れちまうし ああ…この人は極限までいつも無理してたんだなって」
「アキラ…俺の悪いクセ 知ってる? 俺に優しくすると怖い目に会うんだぜ」
「…知らないわけじゃないですよ でも誰でも良いってわけじゃないんでしょう」
「誰でもいいんだよ おまえいくつだっけ…」
「22ですよ」

「ひと回り以上離れてるのか じゃあ俺はもうオヤジだな 残念だけど 口説くのは止めるよ」
「ナルセさんはオヤジじゃないよ もっと若く見えるし 逆に俺が口説いたら…どうします」
「口説けば?すぐ落ちるぜ俺 今フリーだしな」
「別れた恋人って言ってたけど 恋人っていうポジションが今空いてるわけですか?」
「さあな それは本人次第じゃないのか 浮気相手でも恋人でも ただのお友達でも」
「あちこちに何人も恋人がいるんじゃ ちょっと引くかな」
「おまえもオンリーワン派か? 俺はいつでも誰かが傍にいてくれないと駄目なんだ」
「…意外ですね そんな風にみえないや」
「もっとクールだと思ってたか? それでいて独占欲が強いんだ 浮気も許さない 勝手だろ?」
「あんたにそんなに想われるなら ちょっと嬉しいと思うけどな」
「そう思うのって初めだけだろ? 俺も実をいえば初めだけさ
 だからそのうち何だかあっちこっちで いい男をみたら関係してしまう
 で 彼氏は怒り出すのさ 怒るまで浮気をやり続けるからな …可笑しいか?」
「怒らせるまでやるってのは…何故? 別れたいわけでもないならそんな必要ないでしょう」
「不安にさせない恋人なんて つまらないだろ? いつも気になって仕方ない恋人でいたいんだ俺は」
「え…つまらない? そうかな そんなことはないと思うけど…
 あんたの恋人はハードそうですね いつでも心情穏やかじゃないし疲れそうだ
 チャレンジしてみたい気もするけど いつまで持つかな」
「はは アキラは可愛いな まぁチャレンジする気になったらいつでも歓迎するけど」
「今日 風邪をキスでうつされるくらいの気持ちでは 来たんだけどな俺…」
「…マジかよ?」

「マジさ 俺 ナルセさんが 好きですよ ずっとこの三ヶ月一緒にやってきて
 心底そう思うようになった… 俺なんかでも相手にしてもらえるなら 恋人でなくてもいい」
「…こんな時に愛の告白 沁みるねぇ 風邪が治ったら改めて来いよ 鍵持ってていいよ 
 今おまえが風邪を引いてダウンしたら 俺はリンとジュウリと店長に
 殺されるからな もっとバンドと店を大事にしてくれないか 頼むよ
 こんな大切な時期に体調崩した馬鹿野郎の俺が言うのは 説得力がないけどな
 でも豪は… 前のギターの豪はいつもそういうことに気を遣っていた
 本当に色気のない堅物だったんだ…」
「ナルセさん?大丈夫ですか? 気分悪いんですか?」
「悪いけど 今日は帰ってくれ 風邪が治ったらアキラと付き合うよ
 でも本当に俺でいい? もっと若くていい男もいるぜ? 紹介しようか?」
「愚問ですよ」



12月29日 深夜02時46分 クラブ「ピアノ・マン」

「やぁヘミ ようこそ 景気はどう?」
「ハイ レイジ 最悪よ あなたはご機嫌ね?」
「ヘミに会えたから今からご機嫌なんだ ヘミはいつも眉間にシワが似合う」
「男と向き合うと自然とこういう顔になるの 失礼
 私の最悪はナルセが風邪引いて休んでいることよ 知ってた?」
「ああ知ってる どうせどこかの男にでもうつされたんだろう 健康管理が悪い」
「弱ってるからよ 弱ってるから風邪にかかるのよ」
「そうだ それは間違いない あいつは疲れてたから ちょうどいいさ」
「関係ないひとにはいいでしょうけどね うちのバンドも店も最悪」
「アキラが歌ってるんだろう?」
「まぁね でもアキラは色気が足りないわ ナルセのような誘惑する意地悪な歌い方が足りない」
「ヘミが歌えばいい そんなふうに歌えるだろ? ヘミが歌うのを聴いたことがある」
「へぇ どこで? あたしは誘惑してた?」
「前にいた店かな キム・カーンズそっくりな声で いきなりベティ・デイビスの瞳を歌った
 あれは まるで君の歌だったよ 俺は虜になったね それから俺はヘミのファンだ
 またあの歌が聴けたら 俺は死んでもいいよ」
「死にたいの? あたしが歌うならレイジがキーボードをやってくれる?」
「俺がヘミに見とれながら弾いてちゃ ネェさんに睨まれる」
「ジュウリのこと? ジュウリはそんなに嫉妬深くはないわ 仕事と私情は分ける」
「そうかな 俺がたまに店に行くと嫌そうだぜ」
「ナルセにちょっかい出すと思われてるのよ ジュウリはバンドの空気を乱すことが嫌いなの
 だから結局 あたしたちの仲もカミングアウトは無しよ 今まで通り」
「そりゃ気の毒に」
「いいの あたしはジュウリがしたいようにしたいの」

「しかしそうだな 豪もいなくなったし ナルセに手は出し放題だな あいつは拒否しない」
「ナルセはどうしてああもクセが悪いの? 豪の気持ちの方が分かるわ あたし」
「へぇ?ヘミは豪の味方か」
「味方じゃない だけどナルセの行動は理解できない」
「豪は理解できる? 君らは似てるな 相手に対して一途なところが」
「そうかもしそれない」
「おや素直だな? 珍しい」
「ナルセは分からないけど 豪の気持ちは分かるのよ 豪は…」
「ナルセが好きで仕方がない」
「そうよ あんな浮気モノは許せないのに 好きなのよ」
「許せば楽になるのにな」
「そうかしら? 男はそれを表面で許しても 奥底では永遠に許さないんじゃない?」
「そうとも限らない 俺はヘミが誰を好きでも 心底アイシテルよ」
「バカじゃないの あなたはあたしのなんでもない あたしはジュウリを愛してる」
「ヘミにとって愛はジュウリだ でも俺にとってはヘミだ それは仕方ないの事実だ」
「本当はナルセが好きなくせに」
「そう ナルセもアイシテル 他にもアイシテル」
「他にも? 誰を」

「さぁ 誰か新しいひとかな アキラでもいいな」
「ふざけてるの いいわ とにかく 豪は帰ってくるべきだわ」
「そうかな いない方がナルセに見とれやすいけどな俺は」
「ややこしくするなら あたしを見てなさいよ いつもみたいに舐めるようにいやらしくね」
「ジュウリは妬かないから?」
「そうよ 誰が見つめようと関係ないから あたしと彼女の問題だから」
「豪もそう思えばいい そう言ってやればいい」
「そう言ってやったわ さっき電話で」
「言ってやった? 豪はなんて?」
「何も 彼が寡黙になるときは 文句が言えない時か困った時よ」
「そいつは知らなかった さすがヘミ」
「豪が戻ったらアキラの再就職先を探してやって レイジなら簡単でしょう」
「俺に何のメリットが? アキラが俺と寝てくれるのか? それも悪くないな」
「あたしベティ・デイビス・アイズを歌うわ いきなりこの店で」
「俺を殺したいんだ 女王さま何でもお任せ下さい …豪はそれぼど君のバンドに必要?
 しかし君に歌を歌わせるなんて 豪はたいした男だ …コレ俺の最後の遺言になるかな」
「誤解しないで あたしはレイジの為に歌うのよ」
「俺のため?本当に?」
「そうよ 歌はそれを聴きたい人のものなんだから レイジの為に歌うわ ピアノ弾いてよ」
「ヘミ…ああ俺の女王さま 死んでもアキラの就職先は探してみせるよ」
「そうして頂戴」



12月30日 午前4時30分 開店前「シックスティーズ」楽屋 

「…豪?」

「風邪は治ったのか ナルセ」

「ああ まだ完全じゃないけどな 今日は打ち合わせにきたんだ
 明日はなんとか復活できそうだからな でも何故豪がここに…?」
「リンから連絡を貰ったんだ ここに来るか相当考えた でもやっぱり聞くために来た
 いい年をして今更こんなことを聞く自分に我ながら呆れるが 答えてくれナルセ」
「なに 俺から何が聞きたいんだ豪」
「…おまえは まだ …まだ俺が… 俺のことを」
「じれったいな ああ俺は豪が好きだよ まだも何も ずっとそう」
「じゃあ 浮気はもうやめるか」
「ああ止める もうしない」
「おまえは呆れるくらい嘘ばかりつくな」
「嘘はついてない でも結果的に嘘になることが多いだけだ 多分今の言葉も
 だけど豪を好きなのは これからも嘘にはならない」

「そこまで言われてそこだけを信じられると思うのか? 俺を馬鹿にしてるのか」
「でも俺の心の中は 証明できない」
「誰だって心の証明なんかできない だから態度で示すんだろう 違うか」
「俺は不安症なんだ 一日でもひとりだと耐えられない でも豪のことはいつも想ってる」
「もういい 俺はおまえに理屈を求めることは無駄だとわかった 諦めたよ
 だから決めた… あと最後にひとつだけ…いいか」
「わざわざ別れの宣言に来て頂いて申し訳ないな 最後に何が聞きたい?
 俺は豪だけ愛してるよ あとのことが嘘になるなら それ以外はもう何も答えない」
「わかった たいした質問じゃない じゃあな
 明日のカウントダウンは店に出られるんだろう?
 俺も飛び入りで出ることになった 歌う約束をしたからなリンと」

「! また豪と歌えるのか?」
「別に戻るわけじゃない 今は現バンドのこともあるし 無責任なことはできない」
「豪らしいな でもいい 一夜限りでもまた豪と歌いたい 『僕ベビ』歌うだろ?」
「やらないとお客は納得しないだろう」
「超スペシャルカウント・ダウンだな」
「店長にも申し訳がたつ」
「豪 わざわざその話をしに来たのか?」
「…そうだ」
「本当にいつも何も言ってくれないんだな」
「俺は古い人間だ その俺と長年付き合ってたおまえは相当変わってる
 その俺のことをよく知ってて おまえは俺に何か言えっていうのか?
 だったら ただ聞けよ」

「俺たち まだ終ってないのか?」

「終ってない」

「何故だよ豪…? 俺は嘘ばかりつくんだろう? 俺をこの先も許す自信があるのか」
「正直言えばないな おまえには俺の理屈が全然通らない 何度も思い知らされてる
 それなのに 俺は…俺はおまえと終われない おまえがいないことに耐えられなかった
 三ヶ月でそれに気がついた おまえが浮気するのもかなり耐えられないが
 どっちが俺にとって耐えられないのか 自分で選んでみた
 どうしてそこまでされても俺はおまえなのか 全然自分のことなのに分からない
 理由なんか分からない だから仕方がない
 許すのかって聞くなら 多分許すってことだろう 自信はないけどな
 俺もリンと同じで理解不能なおまえの理屈に感化された それだけだ」

「理由は分かってるよ 豪は俺を好きなんだ それが理由だ 他には必要ない」
「そんな単純な話でもないだろ 好きには理由が… もう帰る また明日な」
「豪… うち来いよ今から おまえ用の鍵をまた作るよ」
「今日はやめておく 病み上がりだろ 明日は大事な日だ
 久々に家に行って何もしない自信はない
 今日の打ち合わせは簡単にして明日に備えろよ 早く寝ろ 
 …合鍵はどうしたんだ ヘミにおまえに返しておいてくれって
 頼んでおいたんだがな まだ返して貰ってないのか」
「…へミに鍵 渡したのか? ヘミに?」
「? 何か問題あるのか?」
「おまえ ヘミのことも好きなんじゃないのか? どういうことだよ豪」
「はぁ? 何だそれは ヘミはジュウリとつきあってるだろう」
「…え? えええ?! 何ソレ それもどういうことだ!」
「たいがいおまえの鈍さもジュウリ並みだな 客席の男に目配せばっかり送ってるからだ」
「マジかよ だからジュウリが鍵を持ってたのか…まいったな」
「鍵 あるのか?」

「え アキラが持ってる …っと いや返して貰うから明日」
「……分かった これからおまえの家に行こう 明日おまえが出れなくても
 俺がおまえの分は全部歌ってやる 安心して客席で悔しがって見てろ」
「豪の姿を客席から見れるのもいいけど 豪って結構ヤキモチ妬きだよな」
「俺のは一般的な反応だ …ニヤニヤするな 気持ちが悪いぞナルセ」
「なぁ 最後に聞きたいっていう たいしたことじゃない質問って何?
 もう一度聞いてくれよ 答えるから 答えたい俺 何 豪?」
「…別にもういい」
「なんだよ 言えよ 言うとまたケンカしそうなことか?」

「…違う ただ
 ライブが終ったらそのまま…初詣に行かないかって …それだけだ」




12月31日→01月01日 午前0時00分
ライブハウス「シックスティーズ」カウントダウン・ニューイヤー・ライブ

新年最初の曲はちょっと新しい80年代の曲。アース・ウインド&ファイア「Let't  Groove」
♪Let this groove get you to move  it's alright, alright…♪



天空の雲の中 空高く舞いがる
靴をちゃんとつけて 立ち上がるんだ
もう見るもの 幸せばかり!



それぞれの人の新しい幸せが 満ち溢れますように…

A HAPPY NEW YEAR…!


photo/真琴 さま (Arabian Light

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