「街でもうろつく」

 おいおいおい。冗談だろ〜? …ってマジか、こいつ?!

 焦って俺はそのままの勢いで出て行きそうな番犬とドアの間に立ち塞がる。

 外はまだ気象装置が壊れたような吹雪だ。そんな中、びしょ濡れの人間を追い出すほど俺は冷酷にゃあ出来てねーんだ。

「ちょっと待てって!」

 俺を見上げる番犬の瞳が心なしか潤んでるように見えた。

 もしかしなくても熱が出てるんじゃねーのか?

「とにかく! 風呂入って暖まって来い! このまんまお前外に出したら寝覚めが悪ぃだろ」

「お前が気にすることじゃない」

「だぁぁああっっ! 気になるもんはしゃーないんだよ!! いいからさっさと入って来いっっっ!!! 湯船に首まで浸かって100数えるまで出てくるんじゃねーぞ!」

 番犬を引きずるようにバスへ連れて行って、そのまま扉を閉める。

 暫くすると諦めたのか、水音が聞こえてきた。

 はぁ――――――っ。

 ガキのお守りじゃあるまいし……イヤ、まだガキか。どうもあいつ相手だと調子が狂って仕方がない。

 俺は脱力感に溜め息を零しつつ、乾いた服を用意した。

 

 

 20分程して出てきた番犬は、どうやら言いつけを守ったらしい。僅かに頬を紅潮させて、どこか所在無げに立ちすくんでいた。

 ポタポタと雫を垂らす髪にタオルを被せて、ゴシゴシ拭ってやる。

「なに突っ立ってんだ。せっかく暖まったのに髪が濡れたままじゃ意味ないだろが」

 顔色は大分良くなってるが、熱が上がってきてるのか瞳はさっきより潤んでいるように見えた。

「コレ飲んだらとっとと寝ろ」

 手渡された水と薬、ベッドへと視線をめぐらせて不思議そうに俺を見る。

 まぁ男2人が寝れるような広さのベッドじゃないからな。でも俺は病人をソファーに寝かせるような人非人じゃねーんだ。

「お前はどうするんだ?」

 やっぱ突っ込まれたか。普通で考えてもムリあるもんな。

「俺ぁまだやることあっからよ。そこら辺で寝るし――。いいからさっさと薬飲んで寝ろって」

 有無を言わせず薬を飲ませて、番犬をベッドに追いやる。普段なら簡単にはいかないだろうが、熱で体力を失ってるせいか番犬は素直に言うことをきいた。

 うーん。カワイイかも……。

 毛布を首の辺りまで掛けたら、もうやることもない。

 暫くは様子を見ていたが、番犬が目を閉じたのを確認して、そっと側を離れようとした。途端、何かにグッと引っ張られる。

「?!」

 振り向くと番犬と目が合った。よく見ると服の裾をしっかりと掴まれている。

「一緒に寝ればいい」

「……いや…だからそこに2人はムリだって……俺はこっちででも寝るから、気にせずに寝ろって」

「なら俺がそっちで寝る」

 熱でフラフラなくせに起き上がろうとする番犬を慌てて止める。

「ガキか、てめーは。病人は大人しくしてろ!」

 いくら言い聞かせても愚図る子供みたいに何度も起き出そうとするヤツに、俺は深い深ーい溜め息をついた。

 コイツ幼児化してねーか?

 いつもが淡白なだけに、どう対処すりゃあいいのか思い浮かばない。

「あぁ〜もう…わかったわかった。一緒に寝ればいいんだろ」

 根負けした俺の腕を引っ張りながら、番犬が横にずれる。

 はいはい。一緒に寝りゃあいいんだろ。もう好きにしてくれ。

 まさか添い寝までさせられるとは思わなかったぜ。

 しかし―――発熱してる番犬の身体は温かで、妙な気分になりそうで俺は慌てた。

 待て、オレ。落ち着くんだ、オレ。相手は番犬だぞ? しかも病人相手にヤっちまったらケダモノじゃんかよ。

 気を紛らわせるべく、オレはさっき気になったことを番犬に訊いた。

「なぁ…ウォッカが苦手って、昔会ったことでもあんのか?」

「……ある」

 答えないだろうと思ってた俺の予想に反して、番犬がポツリと答えた。普段のコイツなら絶対ないことだな。

 キラもそうだが、コイツも過去の話をするのを嫌ってるとこあるし。

「昔、イーヴの館辺りで会った」

「『イーヴの館』!? お…お前……」

 爆弾発言に口をパクパクさせる俺を尻目に番犬が言葉を続ける。

「別にそこの住人だったわけじゃない」

 あー、びっくりした。コイツの面構えならあり得そうでドキドキしちまったぜ。

「アイツも初め誤解してた。その頃俺はもう独りだったからな。それで暫くアイツと暮らした」

 問題発言再び!? ウォッカと暮らしたって?

 いや、でもウォッカが俺に嘘吐く必要なんてないし……。けどコイツが嘘吐いてるわけでもなさそーだしなぁ。

「アイツは忘れてるみたいだな。あの時はまだコレも刺れてなかったから分らないんだろう」

 自分の頬を指で辿りながら、番犬が自嘲するように唇を歪める。

 もしや地雷踏んだか?

 どう言葉を返そうかと悩んでる俺に、番犬はそのまま持ち上げた腕を俺の首に巻きつけた。


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